(シネマトゥディ 2014/09/07)

 現地時間6日、第71回ベネチア国際映画祭コンペティション部門の授賞式が行われ、最高賞にあたる金獅子賞をロイ・アンダーソン監督作『ア・ピジョン・サット・オン・ア・ブランチ・リフレクティング・オン・イグジステンス(英題)/APigeonSatonaBranchReflectingonExistence』が受賞した。戦争の恐怖を真正面から描いた塚本晋也監督の『野火』は惜しくも受賞を逃した。

 『ア・ピジョン・サット・オン・ア・ブランチ・リフレクティング・オン・イグジステンス(英題)』は、アンダーソン監督が『散歩する惑星』(2000)、『愛おしき隣人』(2007)と共に構成した3部作“リビング・トリロジー”の3作目で、「鳩を見つめ続ける中年男性」や「年下のダンサーにセクハラをする女性ダンス教師」など、現代社会をシュールに風刺した、ファンタスティックでダークなユーモアにあふれたショートストーリー集。審査委員長を務めた『英国王のスピーチ』などのフランス人作曲家アレクサンドル・デスプラは「政治的、哲学的、詩的、人間的な作品を選びました」と説明した。

 また、デスプラ審査委員長は受賞を逃した『野火』について「塚本さんは素晴らしい監督です。彼の音楽も素晴らしかったですし、彼の才能はわたしたち全員が認めております」とコメント。

審査員の一人である中国人女優ジョアン・チェン(『ラストエンペラー』)は「第二次世界大戦ではたくさんの人間が殺され、たくさんの都市が焼かれ、人々は拷問され、女性たちがレイプされました。日本はこれまで一度も公式な謝罪を示していません」と自身の考えを述べ、「わたしはこの映画を観てとても心を動かされ、とても素晴らしく、重要な映画だと思いました。わたしにとって力強い映画でした」と続けた。

 日本勢ではオリゾンティ部門に加瀬亮が主演した『自由が丘で』(ホン・サンス監督)が出品されたが、こちらも受賞はならなかった。


村山談話は?

(外務省 1995/08/15)

 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

(産経新聞 2014/08/14)

(略)村山氏はこれまでの講演などで、村山談話について「過去の歴史に対するけじめがついた。ある意味で国際的な定説になっている」と説明している。


(朝鮮日報 2014/08/23)

(略)村山元首相は22日、ソウル市内の東北アジア歴史財団で行われた「韓日の歴史認識と日本軍慰安婦問題の解法を問う」と題する討論会の基調講演で「村山談 話は日本国家の公式的な歴史認識であり、全世界に示した国際公約のため、これを再検証することは不可能だ。日本国の首相となった人はこれを守るべきであ り、これを守れない人は公職にとどまることはできない」と主張した。(略)


(東亜日報 2014/08/28)

(略)せっかく首相になったのだから、自分ならではの仕事を残したい。95年8月15日に出された「戦後50年」の村山談話はそんな意欲から生まれた。(略)

アジアに対する謝罪の決定版となったこの談話は、連立政権の閣議で決めた。(略)若宮 啓文(日本国際交流センター・シニアフェロー)(元朝日新聞主筆)


映画『ラストエンペラー』(87年)で皇后・婉容役を務めた女優が、公式の場で「一度も公式に謝罪していない」と発言するほど『村山談話』(95年)を認識されてないようですが、村山元首相・若宮氏はどんなお気持ちですか?


日本人なら知っておきたい 中国の侵略の歴史
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