(全民日報 韓国語 2015/02/25)
カン・ギルソン(姜吉善)全北大学BIN融合工学科教授
最近、日本の我が国に対する感情表出の水位が嫌韓で極を走る非正常的な行動を見せている。特に隣り合う国の歴史までも無視して認めない行動で一貫しているその理由は何だろうか? なぜそうなのか?
韓日関係は古代史から調べなければならない。日本の源流は西暦660年に遡る。羅唐連合軍(新羅・唐)の侵略で滅びた百済の王族と諸侯は難民になって錦江を後にし、復興を夢見て日本に避難する。
しかし、復興軍さえも663年に白村江(今の錦江の河口堰)の戦いで完全に崩壊することになる。この時を日本書紀では次の通り描写している。〈百済という名前も今日で終わったんだな。ご先祖様の墓地をどうして再び見ることができるだろうか?〉そうである。倭側から見ると私たちの韓半島はご先祖様の国である。
日本人たちの胸中には今でもご先祖様の国で、これは一種のコンプレックスとして存在しているだ。
日本人たちの胸中には今でもご先祖様の国で、これは一種のコンプレックスとして存在しているだ。
とにかく、百済王族の難民はご先祖様の国とはそれで終わりで、倭の最高階層である天皇一家に合流して倭を支配することになる。それと共にすべての文化・経済分野を統一新羅をはじめ、高麗・朝鮮から学び、師の国、先輩の国として師事することになる。
こうするうちに15世紀初期、ポルトガル商人に会ってヨーロッパの先進文物に接することになる。鳥銃(火縄銃)という新兵器を手に入れた豊臣秀吉が日本を統一した後、各派閥間の内部組織の葛藤を払拭させようと壬辰倭乱(文禄の役)、つまり自分たちの古代の土地を、故土を求めて壬辰倭乱を起こしたのである。
そして1867年に明治維新が起きて再び征韓論が頭をもたげることになる。もちろん、この時まで、朝鮮は師の国、物主の国だったが、帝国主義に外国の文物を受け入れながら、この朝鮮を征服せずには、すなわち韓国を越えなくては日本の気を育てることはできないという事実を知った。
一方、明治維新直後の日本はアジア各国にスパイを送って各国の情報を収集していたため、満州の原野に広開土大王碑(好太王碑)があることを知り、碑文を捏造して韓半島の伽耶地域が日本の植民地である任那日本府だったと漫画のような主張をするようになる。
また、石上神宮に保管されている七支刀の60字余りを作為的に解釈し、倭王が百済に下賜したと捏造した。そして三国遺事、三国史記などは信じられないと、日本書紀のみ信じることができると主張して、征韓論の口実を理論的にきちんと作るに至る。
最終的に脱亜入欧を標榜して我が国と中国を植民地化してアジアの盟主と自任することになる。私たちの韓半島を日本の一部と考える最も典型的な出来事がまさに公州・扶余一帯に日本天皇の墓を移そうとまでしたことは単純な情恨ではなく、自分たちの昔の地を取り戻そうとする復土次元であった。
明治維新後から現在まで約150年をアジアの盟主と自任をしてきたが、最近、韓国の政治・経済の成功と中国の大国化が成功し、日本の代表企業であるソニーをはじめとする多くの日本企業がサムスンをはじめとする多くの中国・韓国企業に制圧されると明治維新以前の古代・中世史の悪夢がよみがえるのである。
さらに、最近、日本の自然災害まで加わり、これに不満と不安の極限状態に至ると、この人々の本性である内部問題を外部に回して寝かそうとする特有の島国根性がよみがえるのである。独島をはじめとして諸般の問題で言いがかりをつけて我が国が上手く行くことを妬ましく思って牽制するのである。つまり、日本人の自分自身の中に内在している一種のコンプレックスの露出なのである。
数日後には96周年3.1節がやってくる。もう私たちの大韓民国は克日・抗日を越えて我ら自らが壬辰倭乱以前の大国に戻らなければならない。少なくとも日本に関する限り、師の国、先祖の国、父母の国、そして日本の根の国に戻り、私たちの大様・謹厳さを示さなければならない。(機械翻訳 若干修正)
楽しそうですね。
だったらいいな (心の絵本)

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