(国民日報 韓国語 2015/03/02)

光復70年・韓日修交50年の再認識(7)翻弄されてきた個人請求権

イ・ドンジュン高麗大学韓国史研究所研究教授

日帝強占期に日本に強制動員された韓国人労働者は当然受け取るべき賃金・退職金・年金保険金などを一切受け取れないまま、手ぶらで帰ってこなければならなかった。敗戦後、日本企業は彼らに対する未払金を『居所不明、通信不能』という理由で供託措置を取った。韓日会談で韓国政府は徴用労働者の未収金問題を代わりに責任を負うと主張した。その代価がまさに無償3億ドル、有償2億ドルに象徴される、いわゆる『請求権資金』である。韓日両国は1965年の請求権協定第2条で、これですべての請求権が〈完全にかつ最終的に解決〉され、これに対しては〈いかなる主張もできない〉と約束した。

しかし、韓国政府は日本から受け取った『請求権資金』を被害当事者にきちんと渡していない。韓国政府がずるずる長引かせている間、大法院(最高裁)は2012年5月、請求権協定で個人請求権まで消滅したとは見なし難いとして、日本企業が強制徴用被害者に損害賠償をしなければならないという主旨の判決を下した。数多くの個人の犠牲を押さえ込んだまま構築された‘1965年体制’はもはや耐えられず大手術を待っているのである。

●‘供託’という陰の中に隠れた日本企業

敗戦後、日本政府はその間支給していなかった朝鮮人軍人・軍属および労働者の未払賃金、援護金、預金、貯金、保管金など各種未払金のうち、一定金額を当事者に通知することもないまま供託するようにした。一般的に供託は債務者が返済しようとしても債権者が受け取りを拒否して返済が不可能な場合、または、債権者を探すことができない時に行われる民法上の行為である。供託を通じて債務者は該当債務と関連した法的義務から解放される。多くの日本企業はこの制度に便乗して、すでに支給していなければならなかった未払金債務に対する負担からひとまず脱したのである。

もちろん、日本企業が初めから自発的に供託に出たのではなかった。日本の敗戦後、朝鮮人徴用労働者は北海道の夕張炭鉱など日本各地の鉱山、工場で本国帰還と賠償を要求してデモを行った。特に1945年10月に設立された『在日本朝鮮人連盟』は日本企業を相手に朝鮮人労働者の未収金を委託することを粘り強く要求した。こうした状況下で当時日本を占領していた連合国軍総司令部(GHQ)は、何より治安維持の次元で韓国人徴用労働者の本国帰還を急ぐ一方、彼らの未収金を預置するように日本政府に指示した。この時、日本政府が選択した方法がまさに供託であり、こうした未払金供託は1990年代初めまで続いた。

ところが、日本が選択した未払金供託には信頼できない部分が多かった。まず、債権者である徴用労働者には知らせなかった‘隠密供託’だった。供託名簿には債権者の氏名と本拠地が明記されているので供託通知書を送ることもできた。それにもかかわらず、日本側はこうした当然の手続きを踏まなかった。供託の事実を官報に掲載するなど公示することもなかった。日本政府が供託措置を取ったのは、何よりも共産主義団体と規定した朝鮮人連盟などの政治勢力化を封じ込めるためであり、徴用労働者に対する債務を保全するためにではなかったためである。GHQと韓国のアメリカ軍政当局も日本政府の不十分な供託措置に傍観者的な態度を見せた。そのために債権者である徴用労働者は自分たちの賃金が供託されているという事実さえ知ることができなかった。

さらに、供託対象を故意に漏らしたり、供託を忌避した企業も多く、供託金の金額が極めて少なかった。例えば日鉄大阪製鉄所の場合、供託金が2万2,371円であったが、本社総務部長の別途の報告によれば、この製鉄所の未払金は9万7,431円に達した。未払金の4分の1も供託していない計算だが、これは未払金の64.5%を占める貯金を供託しなかったためである。供託の全貌は相変らずベールに包まれられているが、供託過程で日本企業が意図的に未払金を縮小したり、最初から隠す情況が次から次に明らかになっている。このように消えた徴用労働者の未収金は戦後日本企業の運営資金として転用された可能性が提起されている。

不十分な供託だったが、この過程で日本政府は未払金関連資料という柄を握った(相手より有利な立場のこと)まま韓日会談に出ることができた。

しかし、1951年から韓日会議が始まると日本側は「徴用当時、朝鮮人は外国人ではなく日本人だった」としながら供託名簿の提供を拒否したまま、かえって韓国側に被害を証明することを要求する居直りの態度を見せた。徴用労働者の未収金に関連した供託資料は、2000年代に入って韓国で『強制動員被害真相究明委員会』が発足し、日本でも『強制動員真相究明ネットワーク』のような市民団体が結成されて日本政府に資料公開を要求してやっとその一部を確認することができた。

●請求権協定で未収金を奪い取った韓国政府

韓国政府は韓日会談初期からしつこく徴用労働者の未収金問題を提起した。たとえば1953年4月から開かれた第2次会議で韓国側は、アメリカ軍政下で行われた調査結果を引用し、1946年9月30日現在、徴用された者が約10万5,000人でそのうち死亡者が約1万2,000人、負傷者が約7,000人としながら被害補償を要求した。この時、韓国側は日本軍慰安婦問題についても人権蹂躪の次元ではなく、未収金の観点で返還を要求した。韓国側は「韓国女性で戦時中に日本海軍が管轄したシンガポールなど南方に慰安婦として赴き、お金や財産を残して帰国した者がいる」としながら預託金返還を主張した。

しかし、韓国側が提示した未収金の根拠は債務者である日本側が確保した資料とは比べものにならなかった。韓国政府は1952年と58年にそれぞれ徴用被害者を対象に調査を実施したが、これらの資料は韓日請求権交渉当時にはほとんど利用することもできなかった。かえって韓国側が韓日会談で最も積極的に活用した資料は、1949年12月にGHQを通じて渡された日本政府の未払金に関する報告書であった。日本大蔵省に集められたこの資料は、供託および未供託を合わせて、日本企業などが支給しなかった2億3,700万円に対する内訳を含んでいた。

さらに韓国政府は、(徴用者などの)未収金を代わりに支払うと出て禍根を自ら招いた。1961年5月10日に開かれた第5次韓日予備会議の第13回一般請求権小委員会で、日本大蔵省理財局の吉田信邦次長は「私たちは未払金を支払う体制を整えている。これは本来徴用労務者が正式な手続きを踏んでこそ支払うことができていたが、今まで国交が正常化していなかったため支払いが円滑に行われなかった。したがって両国政府が斡旋に出て直ぐに支払われるように措置すれば良い」と話した。これに対して韓国側代表であるイ・サンドク(李相徳)韓国銀行国庫部長は「補償金の支払い方法の問題だが、私たちは私たちの国内問題として措置することを考えている、この問題は人数とか金額の問題があるが、とにかくその支払いはわが政府の手でしたい」と主張した。

日本側が徴用被害者個人に対する直接支払いを主張したことに対し、韓国側は日本政府から受け取れば代わりに渡すという立場を取ったのである。ここで国家が個人の請求権を歪曲することもできる構造が作られたのである。

●‘鼻につければ鼻輪’に転落した個人請求権

しかし、こうして不手際に合意点を見出していきつつあった徴用被害者の対日未収金問題は、韓日請求権交渉が最終的に内容を無視した総額論争と政治交渉に帰結しながら完全に埋もれてしまった。さらに韓日協定当時はもちろん、その後も韓日双方は『請求権』という概念自体をめぐり、その時々の情勢に応じて異なる解釈を出すことが常だった。

請求権協定で言及された『請求権』について、韓国側は「日本が植民地支配の責任を認めるという意味で渡した」としながら個人請求権もこれに含まれていると理解したのに対し、日本政府は「韓国の独立祝いと経済協力次元でお金を渡した」という立場を取った。

特に日本政府は請求権協定にもかかわらず、個人請求権問題は残っているという見解を表明してきた。たとえば1965年11月5日、椎名悦三郎外相は日本国会で「韓日請求権協定締結で外交保護権だけ消滅しただけで個人の請求権はある」と答えた。もちろん、椎名の言及は日本国民に対するものである。

この論理をそのまま韓国人徴用被害者に適用すれば、これは個人請求権の存在を認めた2012年の私たちの大法院の判決主旨と一脈相通じる。だが、最近、韓国国内で日本企業を相手にした徴用被害者の損害賠償訴訟が顕著な成果を上げながら圧迫すると、日本側は「韓日請求権協定ですべての請求権が消滅した」としながら個人請求権を否定する態度に急変した。

だが、これは当初から徴用被害者の未収金問題提起に否定的だった韓国政府の見解と事実上、同一なのである。個人請求権をめぐり韓日双方が‘鼻につければ鼻輪、耳につければ耳飾り'式に解釈し、罪のない徴用被害者だけ翻弄されてきたのである。現在、額面価で徴用被害者2億1,514万円、軍人・軍属9,131万円など最低3兆ウォン以上の強制動員被害者の未収金が日本銀行に供託されたまま本当の主人を待っているのにである。(機械翻訳 若干修正)


日韓交渉報告(一二)

請求権関係部会第二回会議状況 久保田参与 二八、五、一九(昭和28年5月19日)

一、本部会は、五月十九日午後三時十分から約一時間にわたり外務省で開かれた。次回会議は六月二日午後三時から同じく外務省で開かれる。
(略)
四、なお、韓国側から主として左の項目について簡単な説明があり、日本側との間に事実問題に関する質疑応答が行われた。

(一) 朝鮮の地図原版類、国宝文化財等(いずれも別途資料提出済)
(二) 旧日本軍に属した韓人、徴用労務者に対する未払金(資料別途提出済)
(三) 在韓鮮日銀券及び引揚韓人預託金
(四) 南方占領地域慰安婦の預金、残置財産
(五) 在鮮有価証券、預金の処理
(六) パシフィック・ビル及び朝鮮奨学会財産
日韓交渉会議議事要録(一二)
第二回請求権関係部会
アジア局第二課
昭和二八、五、十九
一、日時及び場所、一九五三年五月十九日午后三時一〇分‐四時、外務省四一九号室において
(略)
三、議事要録
(略)
(二)久保田代表から異議のない旨を答えたところ張代表は以下の四項目について説明を行った。
 (略)
  (4)日銀券問題と似たものに日本あるいはその占領地から引揚げた韓国人の預託金の問題がある。これは日銀券持出し制限で預けたまま帰国したものであり、本人から申告を取ったことがある。その数字は一億以上になっており、これを担保するから、金を貸してくれという者もある。

 また、韓国女子で戦時中に海軍が管理していたシンガポール等南方に慰安婦として赴き、金や財産を残して帰国して来たものがある。軍発行の受領書を示して何とかしてくれといって来るので社会政策的に受取りを担保して金を貸したこともある。

 以上述べた四項目については、後から貴方の資料で実態を堅めて行きたい。(略)


○椎名国務大臣

 個人の請求権を放棄したという表現は私は適切でないと思います。南辻法制局長官が言ったように、政府がこれを一たん握って、そしてそれを放棄した、こういうのではないのでありまして、あくまで政府が在韓請求権というものに対して外交保護権を放棄した、その結果、個人の請求権というものを主張しても向こうが取り上げない、その取り上げないという状態をいかんともできない、結論において救済することができない、こういうことになるのでありまして、私がもしそれを放棄したというような表現を使ったならば、この際訂正をいたします。

 それで、これに対する何か補償権というのが一体どうなるかということにつきましては、私は法制局長官の解釈に従いたいと思う。

【第050回国会 日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特別委員会 第10号 昭和四十年十一月五日(金曜日)】 


“騙されて強制的に連れ去られた性奴隷”とやらが残したお金と財産ってなんですか・・・

悲しい歴史の国の韓国人
B00R6ZFFV6