【社説】過剰民族主義は毒になる
(中央日報 2007/02/09)  

  「韓国には民族主義で暮らす人があまりにも多い」という音楽プロデューサーパク・ジニョンさんの指摘に対し熱い論争が展開されている。韓国社会の過剰民族主義で韓流が「韓国万歳」に変質されており、これによって海外で反韓流の流れが形成されているというのが彼の主張だ。彼の言葉は確かに一理あって我々社会の一部の視野が狭くて過剰な民族主義に対しては一度じっくり考えてみる必要がある。

  我々の民族主義は数回の外侵と植民地化、分断、戦争などを経験し、堅固な防御の機材として作動、発展してきた。列強に振り回された不運な近現代史は、防御的民族主義をさらに排他的な城壁と化した。「私たち」ではない「他人」は容赦なく城外に投げ捨ててしまった。閉鎖的な城の中で自分たちの顔だけを鏡のように見て暮らした。

 「ヨン様」に沸きかえる日本女性ファンたちの前で無性にいい気になりながら、日本映画や小説が国内に入ってくると「倭色文化氾濫」の警報を鳴らした。

 外国人たちが韓服を着る姿はよしとしながら、歌手ピが中国公演で中国服を着れば文句をつける
。最近のテレビの連続ドラマに吹く高句麗熱風もまた一考する問題だ。防御的民族主義はよくエゴイスチック民族主義に変身する。

  在日韓国人の差別待遇に興奮しながら国内での第3世界の労動者たちに対する搾取には目をつぶる。

  これからは変わらなければならない。閉鎖民族主義では生きていけない。地球村化、グローバル化の波の中で閉鎖的な民族主義は居場所をなくす。もちろん韓国人としてのアイデンティティまで捨てようというのではない。度がすぎる民族主義を減らそうという話だ。民族主義を強調すると多元性を害することになる。「民族」の下、市民的自由が侵害される事例をどれほど見てきたか。三田渡碑(サムジョンドビ)を棄損するからといって丙子胡乱(ピョンジャホラン)の恥辱をぬぐえるものではない。その同じイデオロギー化した民族概念を振り払って世界市民として堂々と立つことができる実力に備えることが先だ。

  それこそグローバル化時代に我が民族が繁栄できる生存術でもある。




素晴らしい国ですね。


 

なぜ抑制が働かないのか 韓国ナショナリズムの不幸なぜ抑制が働かないのか 韓国ナショナリズムの不幸
鄭 大均

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