(中央日報 2008/10/23)
19世紀の近代朝鮮の姿を写した貴重な写真とイラストが公開された。明知専門大学のキム・ジャンチュン教授が出版した「精密イラストと貴重写真で見る近代朝鮮」(サルリム刊)を通じてだ。キム教授は英国の絵入り新聞‘イラストレイテッド・ロンドン・ニュース’‘グラフィック’‘スフィア’に1858年から1911年に掲載された朝鮮関連のイラストと写真から261点を選んでまとめたもの。19世紀の英国の3大絵入り新聞とされる3紙は毎週土曜日に発行された32ページの週刊新聞だ。これらの新聞は1858年から1911年までの54年間、6カ月に1度の割合で朝鮮を取り上げた。
当時のイラストと写真資料は外国人の目に写った近代朝鮮の風景を赤裸々に見せてくれる。伊藤博文を殺した安重根(アン・ジュングン)義士の裁判の写真と、高宗(コジョン)が英国王エドワード7世に贈った牛2頭を撮った写真、高宗の後妻である厳妃(オムビ)の葬儀の写真など、歴史的な価値がある資料も多く含まれている。
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「ロンドニュース」1903年11月7日付に掲載された‘朝鮮の写真館’。写真説明には「典型的な通りの一場面。この絵の中に朝鮮の写真館が見える。看板の下の子どもたちのうち小さい子は夏の服を着ており、右側の水がめを背負っている男性は日常的な衣服を着ている」と書かれている。 |
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徳寿宮大安門(トクスグン・デアンムン)を出る高宗。写真を掲載した「スフィア」1903年11月7日付は、「国王は行幸の際に百姓に顔を見せないようにベールをかぶる。徳寿宮のある地域はソウルで最も貧しい地域だったが新宮の建設で大きな変化をもたらした」と説明する。 |
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高宗の後妻だった厳妃の葬礼。「ロンドンニュース」1911年12月16日付に掲載された。「遺体が安置された宮中の庭は小さなろうそくで一晩中照らされ、日が昇ると棺は宮を離れた。伝統にのっとり6頭の紙で作られた馬が棺を先導した。これは死者の魂が乗っていけるよう準備されたもので、3頭には鞍があり、残りの3頭には鞍がない」と説明している。 |
歪曲された内容も目に付く。朝鮮の巻物をかけ笠をかぶっている朝鮮修信士一行の顔が鼻の高い西洋人のように描かれている絵や、インドのターバンを巻いている清の軍使らがアフリカ人の顔をしているものなどだ。
また朝鮮をおとしめる情報もある。
ソウルの新式学校と新式病院の写真に「ソウルを改革した伊藤博文の業績を示す写真」と説明をつけ、「朝鮮では良質の水の供給が困難で、日本の兵士らが病気になるケースが多い」と書かれたものなどが代表的な事例だ。
日英同盟の影響で日本の立場から歴史的事実を歪曲したり誇張した痕跡だ。
3枚目の写真なんて“朝鮮の民族文化抹殺を行っていた”はずの日帝が、『朝鮮の伝統に則った葬儀』を行ったということですよね? 不思議ですね。
それに、当時の朝鮮半島の衛生状況は外国人の旅行記などを見れば、「歴史的事実を歪曲したり誇張した」ものではないことぐらい解るはずなんですがね。
<∩`д´> 「 アーアーアー 聞こえないニダ」
「あった歴史よりあるべき歴史」ですか?
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