(京畿日報 韓国語 2015/10/07)
ピョン・ピョンソプ(邊平燮)前世宗市政務副市長
日本は2004年、彼らの貨幣に登場する肖像画をすべて変えた。
しかし、ただ一人の人物、それも1万円札に位置している福沢諭吉の肖像画はそのまま残している。
一体どんな人物なので福沢諭吉をそんなに尊敬するのか。
1835年に生まれた彼は日本の維新、日本の開花期を導いた精神的大物である。かつてアメリカとヨーロッパを遊覧して戻ってきて、日本がアジアにとどまらず世界列強に合流しなければなければならないと主張しながら、国民を啓蒙する先頭に立った。
日本の名門慶応大学も彼の手によって建てられたし、このような啓蒙思想を盛り込んだ彼の本は当時3千万部以上売れる旋風を巻き起こした。
※「学問のすゝめ」のことでしょうが、販売は3百万部。
日本がアジアを脱するために朝鮮と中国を征服することを主張した。
結局、彼の侵略的膨張主義は今日までも日本の隠れた国家的基幹になっている。それで貨幣の肖像画がすべて変わっても彼の肖像画は今も1万円札に位置している。
結局、彼の侵略的膨張主義は今日までも日本の隠れた国家的基幹になっている。それで貨幣の肖像画がすべて変わっても彼の肖像画は今も1万円札に位置している。
福沢諭吉がどれくらい我が国を蔑視したのかは彼の本と言動から見ることができる。
「このような乞食を相手に戦って蚤を移す恐れがある。」
「朝鮮は一日もはやく滅亡する方が天の意に合致するところである。」
しかし、日本にはこのような人物だけがいるのではない。
とても遠くは壬辰倭乱の時(文禄・慶長の役)、朝鮮侵略に出兵した将軍沙也可がいる。
とても遠くは壬辰倭乱の時(文禄・慶長の役)、朝鮮侵略に出兵した将軍沙也可がいる。
実際に朝鮮の地に踏んだ沙也可将軍は、私たちの文化と自然に惚れて帰化を決行、朝廷から友鹿金氏(金海金氏)姓を下賜され、名前もキム・チュンソン(金忠善)に改名した。
彼は当時、倭軍の威力的な武器鳥銃の技術を私たちに伝授したうえ、壬辰倭乱はもちろん北部国境守備に10年間努めながら丙子胡乱の時には光州双嶺戦闘で功績を立てた。今も大邱市達城郡嘉昌面に彼を称える鹿洞書院がある。
日帝植民地時代には布施辰治のような弁護士もいる。彼は検事職を投げ出して朝鮮人の独立運動を弁護するために努力した。採取的に彼は自分の国、日本の司法当局によって拘束されて実刑を受け、弁護士資格も停止されなければならなかった。わが政府は2004年、彼の遺族に建国勲章愛国章を授けた。
保坂祐二という日本人は15年も『独島総合研究所長』として独島が韓国の地であることを主張し、2002年には我が国に帰化した。
日本の国会議員(参議院)の中でも山本太郎議員は、かつて独島は韓国領土だと主張し、去る9月18日、安倍政府の安保法強行に「自民党が死んだ日」というプラカードを掲げて沈黙の抗議を行った。
臼杵敬子というおばあさんは私たちの慰安婦犠牲者のためにいろいろと世話をし、最近も京畿道広州市にある『ナムヌの家』を訪れた。それだけでなく、彼女は日本総理が直接慰安婦おばあさん一人一人皆を訪ねて直接謝罪をしなければならないと主張している。
鳩山由紀夫元総理は去る8月にソウルを訪問し、西大門刑務所殉国烈士追悼碑の前で跪いて日本の植民地支配を謝罪した。ヴィリー・ブラント元ドイツ総理がユダヤ人収容所を訪ねて跪いた姿が思い浮かぶ場面だった。特に彼は来月にソウル大学で特講をすることにしており関心を集めている。
悪いDNAを持つ日本人、善良なDNAを持つ日本人が共存する日本!
しかし明らかなことは相変らず1万円札の主人公は『征韓論』を主張した福沢諭吉という事実を覚えておかねばならない。その根が今も東京の街で反韓デモとして声を高めている。(機械翻訳 若干修正)
さすが、一般の日本人を殺した殺人犯であり反日テロ指導者キム・グ(金九)を日本を意識して10万ウォン札にしようとした韓国だけあって、こんな理由で肖像が決まると思っているんですね。
トロフィー 西郷隆盛

脱亜論 (まんがで読破)

さすが、一般の日本人を殺した殺人犯であり反日テロ指導者キム・グ(金九)を日本を意識して10万ウォン札にしようとした韓国だけあって、こんな理由で肖像が決まると思っているんですね。
トロフィー 西郷隆盛

脱亜論 (まんがで読破)

