(インサイト 韓国語 2016/04/11)
はっきり感じられた春のお天気に通りを華やかに染める桜を後にして、ソウル市鍾路区のある食堂を訪れた。
『里門ソルロンタン』(ソルロンタン:牛の頭・足・ひじ肉や内臓などをじっくり煮込にこんだスープ)。鐘閣から仁寺洞に行く町角に位置したこの食堂は、1904年に開業して100年を越える歴史を持っている。激しい歳月の波風の中でも強硬に持ちこたえた有難い食堂である。


「ここにソルロンタン一杯です」の一言で何分も経たないうちに食卓に熱い湯気がゆらゆら立ちのぼるソルロンタン一杯が上がってくる。内部インテリアやメニューの何一つ特別な点はないが引き続きお客さんが入ってくる。
昔、お年寄りはに熱いクッパ一杯に暮らしの疲れを溶かした。胸が痛い弾圧の時期もつらい労働の瞬間もさっぱりした汁一口にずるずるっと洗い落とした。
歴史は長くはないが、幸いなことに我が国にも『老舗(代々受け継がれている食堂)』と呼ばれる食堂がある。先に挙げた里門ソルロンタンをはじめ、80年の伝統の 『チョンジンオク』(清進屋)と『ヨングムオク』(湧金屋)などがその主人公だ。
ここは昔の郷愁に浸って足を促す年配の方や好奇心に満ちた目つきで訪ねてくる若い学生たちでその名声をかろうじて維持している。
韓流が大きな人気を集めて韓国を訪れる外国旅行者の間に韓国料理を味わいたい人々が少なくない。これらは里門ソルロンタンやチョンジンオクのように古い伝統的な食堂を期待して韓国料理店を求める。
ところが、いざ韓国を訪問した海外観光客は大きく失望している。『大長今』を見て期待していた“韓国料理”を韓国ではまともに体験できないためである。
外国人観光客は「ソウルの有名な繁華街でしっかりとした韓国料理店を探すのは夢のまた夢」と愚痴る。
実際にグルメ検索アプリによれば、弘大商圏ではイザカヤ(居酒屋)だけで113店に達する反面、韓国料理中心の酒店は3店に過ぎないのが実情である。
実際にグルメ検索アプリによれば、弘大商圏ではイザカヤ(居酒屋)だけで113店に達する反面、韓国料理中心の酒店は3店に過ぎないのが実情である。

最近“日本料理”が人気を呼ぶと誰もかれも“日本の家庭食”のようなメニューを掲げて食堂をオープンしている。弘大や江南などにはすでに日本語がでかでかと書かれた日本料理店が並んでいる。サムギョプサル(豚のバラ肉)、カルビなど韓国料理が位置した所には今、見慣れない『ヤキニク』や『ベントウ』(弁当)等に変わっている。
韓国料理を求めていた旅行者は韓国の繁華街を歩いて当惑せざるを得ないだろう。

それなら隣国の日本の事情はどうだろうか?
日本は100年を越える店が何と1万店を越える。そば屋『尾張屋』(京都の「本家尾張屋」 創業550年)は600年間代を継いで経営しており、料亭と寿司店『伊豫又』(いよまた 京都)は400年の伝統を有している。この伝統ある食堂は日本を訪れる外国人が好んで行く観光名所として位置づいている。
日本にこのように多くの老舗があるのは職人文化と“技術”を重視する社会的雰囲気が一役買った。徳川時代の侍の家族形態はしっかりとした'師匠-弟子'文化を根付かせ、これは日本で技術を継承する文化が定着するのに基礎になったのである。
一方、日本とは違い韓国がこのような文化を定着させることができなかったのには理由がある。
歴史的に我が国は日帝強占期、朝鮮戦争、産業化など混乱の時期を経てきたため、長い間食堂がその名声を維持するのが大変だった。
それと共に高速成長を強調した我が国で食堂の仕事は“卑しいこと”と見なされた。そのため親の世代はつらい食堂の仕事を子供に譲り渡すことを望まなかったのである。
それと共に高速成長を強調した我が国で食堂の仕事は“卑しいこと”と見なされた。そのため親の世代はつらい食堂の仕事を子供に譲り渡すことを望まなかったのである。
また、急速に進行された都市再開発は食堂の主人を他のところに追い出した。
また、売り上げが上昇すると自然に賃貸料を上げることが頻繁に発生し、飲食業従事者のため息混じりの声も聞こえてくる。
また、売り上げが上昇すると自然に賃貸料を上げることが頻繁に発生し、飲食業従事者のため息混じりの声も聞こえてくる。
実際、里門ソルロンタンをはじめチョンジンオクなどは元々あった場所を再開発に背を押されて他の場所に移転した。今、この食堂では以前の家屋で漂ってきた静かな雰囲気ではなく、冷たい現代式食堂の雰囲気がいっぱいである。

※里門ソルロンタンの旧店舗(左) 右写真の看板には「移転案内」。
こうした先入観や社会的雰囲気にも私たちは老舗を維持しなければならない必要があるだろうか?
多分、私たちが『老舗』をあきらめることはできない理由は、その食卓に私たちの父の世代、一歩進んで私たちの先祖の哀歓が込められているためだろう。
その中には明らかに伝統と文化が息づいていている。そういうわけで、私たちは歴史の一瞬に位置している古い食堂を守らなければならない義務がある。
まず、国内の老舗を伝統文化とともに保存しようとする政府次元の努力がなければならないだろう。再開発あるいは建物所有者からの横暴からこれらを保護し、その味と名声が維持されるように体系的な管理がつながらなければならない。
また、味の秘訣や運営方式などのノウハウを継承できる文化が定着できるように認識再考や継承プログラム開設などの努力も必要だ。
最後に日本のように500~600年をふわりと越える伝統の食堂を誇るためには何より私たちが絶えず愛して求めることが重要である。そのような意味で先週末も長年のなじみの店で空腹を満たした。いつ行っても変わらぬ味と風景、早く変わって行く現代社会で老舗はより一層貴重になっている。(機械翻訳 若干修正)
「韓国料理の世界化」とか言ってファンタジー料理を宣伝したところで実際に韓国に来てみればこれなんですから、まずはこのあたりが変わらないとね。
京都老舗名店案内―創業100年以上の老舗や明治・大正・昭和のモダンな (ぴあMOOK関西)「韓国料理の世界化」とか言ってファンタジー料理を宣伝したところで実際に韓国に来てみればこれなんですから、まずはこのあたりが変わらないとね。


加えて食うのもやっとだった李朝朝鮮で庶民レベルの食文化なんぞ花開く訳ないだろと。