(東亜日報 2016/06/23)

 5月中旬のある日,ソウルのあるホテルで10月に開かれる日韓交流おまつりを準備する集いがあった。別所浩郎駐韓日本大使も参加した。彼は祭りの骨格を定める実行委員に「12回目であるこの行事が今年も成功することができるように努力してほしい。私も大いに期待している」と話した。

 それで尋ねた。「10月まで大使としていますか」。すると意外な返事が帰ってきた。「8月16日になれば私は最長寿の駐韓日本大使となる」。記者はその場で,「8月16日を少し過ぎたところでインタビューをしよう」と要請し,彼も受け入れた。

 だが,彼の夢は叶えられなかった。彼は国連大使として発令を受け,22日,米国のニューヨークに発つ。18代大使であった彼の在任期間は須之部量三大使の3年10ヶ月(1977年7月~1981年5月)の次に長い3年8ヶ月。11日,彼とソウル三清洞の大使公邸で会った。日韓関係が悪かった期間とするのであれば,彼が最長寿の大使であろう。韓国外交部が大使を庁舎に呼んで抗議する「召致」というものも,8回も経験した。(略)

―慰安婦合意はどのように評価するか。

「両国が,どのようにすれば解決の方向に行けるか,最大限努力したと考える。そのため,どのようにしてでも双方が確実に履行することによってこの問題を収拾していけば良いだろう」。

―合意履行と少女像移転との関係に対しては(この問題は日韓が最も尖鋭に対抗している懸案だ)。

「日本と韓国の外務大臣が世界の前で,TVカメラの前でやりとりしたことがある。今その文面をいちいち繰り返してみても意味がないが,それを見ていただければ良いだろう。そこに全てのものが記されていると考える」。

 別所大使は「連携している」という話をしたそうに見えた。

―もう少しはっきりと話してほしい。

「韓国政府がある方向で努力すると話しているので,良い結果を得られるように自分は期待する」。

 それ以上返事を強要するのは無理だと考えた。彼は,日本政府が拠出することにした10億円を与えることは止めようという日本国内の雰囲気に対しても,「日韓双方が誠実に合意を履行するということに尽きる」と述べた。

 彼は何回も「両国が合意をした」ものに重きを置く発言をした。それと共に過去の経験を聞かせた。

「1995年から2年7か月間,外務省で韓国を担当した。その時得た肯定的経験が先ほど話したワールドカップ共同開催であり,その反対の経験が慰安婦問題だ。『アジア女性基金』の失敗は,日本が一方的に善意を施す,善意で何か行動をするということだけではうまくいかないという教訓を与えた。両国の政府が合意してこそ問題解決が可能だ。それで,自分はここ数年間,慰安婦問題を議論する時,日本と韓国の両政府がはっきりと合意をしなければならない,それが絶対に必要だと主張してきた」。(略)


韓国政府は合意を守る姿勢をいつまで続けられるのかな?

教訓
加川良
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