(KBSニュース 韓国語 2016/09/19)

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朝鮮高宗32年である1895年8月20日(陽暦10月8日)午前5時頃、武装した日本の刺客が景福宮に押し寄せた。

彼らは宮殿後方の王妃の寝室にいた明成皇后(閔妃)を捜し出して刃物で刺して無惨に殺害し、死体に石油を撒いて燃やした後、後方の山に埋めてしまう残酷なことを犯した。彼らの間で暗号名『狐狩り』と呼ばれた明成皇后殺害事件だ。

明成皇后の命を絶った刃物の名前は『肥前刀』。片側にだけ刃が立っている『刀』である。その刃物が今でも日本のある神社で大切に保管されているという事実を知っていますか? それも韓国人観光客がたくさん訪れる神社という話である。

当時、皇后の寝殿に乱入した3人のうちの1人に指目された藤勝顯(藤勝顕)が1908年に福岡所在の櫛田神社に寄贈したことが分かった。奉納記録には「朝鮮王妃をこの刃物で切った」という文が書かれていると伝えられた。

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▲日本,福岡県の櫛田神社に所蔵された『肥前刀』

江戸時代初期にただ人を切るために作られたという『肥前刀』は、日本刀の系統を引継ぐ名剣の一つに選ばれる。犯行に使われた『肥前刀』は長さ120cm、刃が90cmに達すると分かった。鞘には「一瞬にして稲妻のように老いたキツネを切った」という意味の〈一瞬電光刺老狐〉という句が彫られていると伝えられた。

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▲京畿道驪州市の明成皇后記念館に展示された『肥前刀』模型

文化財還収運動を行っているへムン僧侶(『文化財の元の席をさがす』代表)が、去る2006年、朝鮮王室儀軌の資料を調査しながら偶然に櫛田神社に『肥前刀』が保管されているという事実を知ることになって世の中に知らされた。『肥前刀』は一般に公開されていない。

へムン僧侶は、チェ・ポンテ弁護士、日本軍慰安婦被害者イ・ヨンスおばあさんなどと共に去る2010年『肥前刀還収委員会』を発足し、『肥前刀』の還収・廃棄運動を行っている。

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▲2010年の『肥前刀』還収委員会出帆式の様子


これと関連し、へムン僧侶は「世界の歴史上、他国の王や王妃を殺害した物が現在まで保管されている事例はない」としながら「未来指向的な韓日関係のために民間が『肥前刀』を所有しているのは望ましくない」と強調した。

近代法治国家成立以来、殺人に使われた凶器が押収されずに民間が所有していることは納得できないことという説明だ。

だが、『肥前刀』還収・廃棄の動きは容易ではない状況である。

還収委員会が毎年、日本外務省に『肥前刀』廃棄の要請書を送るなど継続的に『肥前刀』問題を提起しているが、一度も公式的な返事を受けたことがないほど、日本政府が知らぬ存ぜぬで一貫しているためだ。まだ『肥前刀』に対する国民的関心が低いことも要因の一つである。

委員会側は、『肥前刀』問題を外交的問題に浮上させるため、近いうち意を共にする国会議員らと共に国会に『肥前刀』還収・廃棄決議案を発議する計画だ。

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▲櫛田神社全景

一方、平安時代である757年に建てられた櫛田神社は、不老長生と商売繁盛の神を奉安したところとして知られる。福岡地域最大のお祭りである『博多祇園山笠』のフィナーレを飾る超大型の神輿である‘追い山’が出発する所でもある。そのため福岡を訪れる旅行客は必ず訪れなければならない名所として有名なところだ。

だが、ここに明成皇后を殺害した刃物が保管されているという事実は良く知られていない。そのためオンラインコミュニティでは福岡旅行時に歴史を正しく知って訪問しなければならない所として櫛田神社が挙げられている。(機械翻訳 若干修正)

博多祇園山笠 (ウィキペディア)

博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)とは福岡県福岡市の博多区で毎年7月1日から7月15日にかけて開催される700年以上の伝統のある祭である。櫛田神社にまつられる素戔嗚尊に対して奉納される祇園祭のひとつ。正式には櫛田神社祇園例大祭。博多どんたくとともに、博多を代表する祭りである。

2010年03月25日