文化財還収団体、日本にある南北石塔の返還要求
(聯合ニュース 韓国語 2011/05/13)


仏教界を中心にした文化財還収運動団体が、今回は日本の民間財団が所蔵する『平壌栗里寺跡石塔』と『利川五重石塔』の還収運動に出た。

『大韓仏教曹渓宗中央信徒会』と『文化財自分の場所探し』は13日、日本,東京にある美術館『大倉集古館』側に、この美術館が保管中の栗里寺跡石塔と利川五重石塔を返還するよう求めた。



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▲平壌栗里寺跡石塔

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▲利川五重石塔

 
両団体はこの日大倉集古館に送った書簡で、『朝鮮仏教徒連盟』から法律的権利を委任されたと明らかにした後、今後、これに基づいて訴訟など各種法的措置を行うこともあると明らかにした。

これらの団体はまた、「北日修交過程で平壌栗里寺跡石塔返還問題が議論されるならば、日本に困難な物事になる」としながら「だが、大倉側が決断して平壌栗里寺跡石塔と利川石塔を南北に返還すれば、北東アジアの和解を引き出すことができるだろう」と主張した。

大韓仏教曹渓宗中央信徒会などによると、栗里寺跡石塔は高麗時代に建立されて現在は跡が残るだけの栗里寺にあったものを、大倉集古館を設立した日本実業家の大倉喜八郎(1837~1928)が1910年代に日本に持ち出したと推定される。

利川五層石塔は高麗時代に利川市官庫洞に建立されていたものを、朝鮮総督府が1914~1915年頃に景福宮に移したのに続き、大倉が1918年に日本に搬出した。

先立って韓国・北朝鮮は、2005年に日本靖国神社で壬辰倭乱当時の義兵らの戦勝碑である『北関大捷碑』を受け取り、2006年3月に北朝鮮(咸鏡北道吉州)に送ったことがある。(機械翻訳 若干修正)



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民間相手の“文化財返還”訴訟で、訴訟費用を出してくれる“良心派”日本人・ザイニチや、協力してくれる“人権派”弁護士がいるのかな?


大倉集古館の屋外展示品のうち、朝鮮半島にかかわりのある展示品↓。


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2008年06月10日
日帝時代に奪われた高麗時代の石塔をホテルオークラから取り戻すニダ!
2008年09月11日
日帝時代に奪った高麗時代の石塔の返還をホテルオークラが拒否したニダ!
2009年02月19日
日本政府と大倉文化財団に対し石塔返還を正式に要請するニダ!
2010年04月22日
大倉集古館に「利川五層石塔」の返還を正式に要請したニダ!
2010年07月21日
大倉集古館が「利川五層石塔」の返還を“また”拒否したニダ!
2010年10月30日
大倉文化財団が「日本当局が許可すれば『利川五層石塔』を返還する」と言ったニダ!
2010年11月23日
『利川五層石塔』の返還交渉をしに地元議員が大倉文化財団に行ってきたニダ!
2010年12月13日
『利川五層石塔』が失われなかったのは日本が大切に保管してくれたからニカ?




同和と在日
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