(ソウル新聞 韓国語 2018/05/02)
ソ・ドンチョル論説委員
『ソバの花咲く頃』の作家イ・ヒョソク(李孝石)の『ユギョンシクポ』(柳京食譜)(雑誌『女性』 1939年6月号に寄稿)を読んで興味深い部分を発見した。最近人気の平壌冷麺の話が含まれているが、プルコギの部分に目が留まったのだ。ユギョンは柳が多い平壌の別名だ。
イ・ヒョソクがこの文を書いたのは1936年(1939年)だ。ところで『プルコギ』は見当たらず日本語そのまま『ヤキニク』(焼肉)とした。
作家もこれが頂けなかったようで、「平壌の人の気質をそのまま反映させた飲食」とこの料理をほめながらも「ただし、ヤキニクという名前がみすぼらしくて俗っぽくていつも気にかかる」と書いた。
作家もこれが頂けなかったようで、「平壌の人の気質をそのまま反映させた飲食」とこの料理をほめながらも「ただし、ヤキニクという名前がみすぼらしくて俗っぽくていつも気にかかる」と書いた。
ところで、国語学者であるイ・ギムン(李基文)ソウル大名誉教授によれば、『プルコギ』は意外にも、中世語、近代語のどの文献でも探すことができず、1938年に刊行されたムン・セヨン(文世栄)の『朝鮮語辞典』でも見ることはできないという。『プルコギ』という単語が表題語として提示された最初の辞典は、1950年に刊行されたハングル学会の『大辞典』ということだ。
イ・ヒョソクは『ヤキニク』を「適当な名詞に直して普遍化させることが、この地の人々の義務」とした。結局、『プルコギ』という“新しい名詞”は彼の望みが現実化したものといっても良いだろう。(機械翻訳 若干修正)
戦後、『ヤキニク』は日本語だから変えるニダ。そうだ『プルコギ(火肉)』ニダ! かな?
戦後、『ヤキニク』は日本語だから変えるニダ。そうだ『プルコギ(火肉)』ニダ! かな?

監視員の日本人の才能や技が在日某国人にも認められるところになると今度は誘惑作戦が始まりました。
在日某国人は「俺が金と店舗を出すから新しい店の板長になってくれ」と誘惑しました。
監視員として送り込まれた日本人はまだ若いため「店を持てる」という誘惑に負けてしまう人が多かった事でしょう。
そこから日本のノウハウが焼き肉に注入される事となります。
つまり割烹店で下積みを積んだ若い衆としては黙っていられないのです。衛星概念や味付けの面で我慢が出来ないのです。そういう訳で日本風の味付けによる朝鮮料理が出来てしまったのです。日本の浅漬けの技が盛り込まれたキムチや、日本醤油+砂糖+みりん等の味付けがされた焼き肉などが出てきた訳です。