日本旅客機‘胴体着陸’機長も乗客も‘沈着’
(京郷新聞 2007/03/14)   

‘上空で旋回を繰り返す機長、 惨事の情景が浮び上がる乗客たち’

 去る13日、日本南西部の地方都市高知上空で、前車輪の故障で胴体着陸を敢行した全日空(ANA)旅客機の『悪夢の2時間』の裏話が日本社会をジーンとさせている。映画のような現実の中で乗客らを安心させながら落ち着いて対応した機長、緊急な状況でも一糸乱れずに動いた乗客が作り出した『無事着陸ドラマ』に対する感動だ。

 特に乗客の中の一部は、緊迫した状況でも機内の状況と感じをメモに残して記録を重視する日本社会の伝統をもう一度確認させた。

 乗客56人と乗務員4人が搭乗したANA旅客機が大阪空港を離陸したのはこの日午前8時25分、高知空港到着予定時間は9時1分だった。機長が前車輪に問題を確認したことは着陸10分前、管制塔に報告して上空を旋回し始めた。

 到着時間が過ぎても着陸の兆しが見られないと、会社の同僚2人と旅客機に乗った建設コンサルタント瀧原勇さん(58)は名刺を取り出してメモを始めた。

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 メモには当時の機内の動きと乗客らの表情がありありと書かれている。「9時到着予定、高知上空で旋回」「20分程度すぎて機長前車輪が降りてこないと説明」「トイレの前にいた同僚の顔面蒼白」。

 胴体着陸に対する不安感も表わした。「10:26 後車輪滑走路についた後、再び上昇」「10:32 何度も後輪出し入れしている。むだな抵抗か。前車輪だけで着陸するようだ。 (機長は)何度もくんれんしてるやて。こんな訓練ほんまにするか?」と書いたりした。着陸準備に入った後には乗務員の指示により「10:37 ペンをおろし、ネクタイを解く」という内容が書かれている。

 そして10時54分、胴体着陸が試みられた。後車輪だけで滑走路に降りた旅客機は400m程を走って、機首が地面につきながらさらに350mを走った後に立ち止まった。この過程で火が起こったが火災につながることはなかった。瀧原さんのメモは「10:55 ぶじ着陸」で終わった。このように使われたメモは名刺の裏面から始まって前面までぎっしりと書かれた。

 日本では、1985年8月12日、東京発大阪行の日本航空(JAL)旅客機が墜落して乗客の大部分が死亡する大惨事が発生した時も、当時の機内の状況を書いた多量のメモと遺書が発見されて国民の胸をジーンとさせたことがある。

 旅客機がの状況を正確に説明して乗客らを安心させた後、無事着陸を導きだした今里仁(36)機長は、またたくまに日本社会の英雄に浮び上がった。

 彼は、当時、乗客らがざわめくと直接マイクを通して「前脚が出ないため旋回していますが、もし胴体着陸をすることになりましても普段訓練をしておりますので問題ありません」と安心させた。着陸を控えては機体の均衡を維持するために中央部の乗客らを後方に移動させた。着陸直前には着陸5分前、2分前、1分前というカウントとともに「もう一度申し上げますが私は多くの訓練をしてきました」として冷静を強調した。

無事着陸が確認された後、機長と乗客全て、拍手して歓呼した。TVを通して胴体着陸現場を生中継で見守った日本人たちは胸をなで下ろした。(機械翻訳 若干修正)




日本社会が『記録を重視』する伝統を持っている、って認識はあるようですね。








この飛行機が安全だ!―データで見る世界の空の安全度
藤田 日出男 米田 憲司

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