(聯合ニュース 韓国語 2019/05/06)
「朝鮮政府の同意を得て、(韓日)併合条約に調印した」
日本明治日王の出生(1852年)から葬礼(1912年)までの歴史的場面を日本の観点から見せる聖徳記念絵画館にある韓国関連の絵の説明が歪曲されていることが確認された。
日帝が1910年8月に韓国の国権を奪うために強制的に締結した併合条約に、朝鮮政府が同意したと記述したのだ。
東京都新宿区の明治神宮外苑に1926年建てられた聖徳記念絵画館は、明治日王夫妻の生涯とその時に起きた主な事件を年代順に描いた80場面の絵を展示している。

▲東京都新宿区の明治神宮外苑にある聖徳記念絵画館内部の様子。写真はパンフレット撮影。(館内撮影不可)
韓国関連の場面は77番目に登場する日帝の朝鮮強制併合事件だ。
『日韓合邦』という題名のこの絵は、日本の有名西洋画家である辻永(1884~1974)が描いたもので、1910年8月当時の南大門を背景にしている。
辻は当初、併合条約締結場面を絵に入れようとしたが、「日本と共に行く新しい朝鮮の姿を見せる」として、朝鮮と日本女性が道行く人として登場する南大門を描いたという。
辻はこの絵を描くために2度朝鮮を訪れ、現場スケッチをした。

▲聖徳記念絵画館と明治神宮境内の休憩所側に展示された西洋画『日韓合邦』。1910年当時の南大門を背景にしたこの絵画は、明治日王の生涯(1852~1912)の80の歴史的場面のうち77番目に指定されている。

▲聖徳記念絵画館に展示された絵の目録。明治日王出生(1852年)から生没(1912年)までの80の歴史的場面のうち77番目の絵が庚戌国辱と呼ばれる韓日合邦だ。
ところで、この絵の説明で日帝の国権侵奪について、強圧によるものではなく、当時の朝鮮政府の同意で行われたと記述されている。

▲聖徳記念絵画館と明治神宮境内憩い場に展示された西洋画『日韓合邦』説明文。
このような説明がついた絵は、他の79枚の絵と共に渋谷区明治神宮本殿前の休憩空間[絵馬・お守り・おみくじ売り場脇]にもパネル形態で展示されている。
明治神宮は年中国内外の訪問客と観光客が集まる所だ。
このため、聖徳記念絵画館と明治神宮を訪れる日本人はもちろん、数多くの外国人が韓日強制併合事件と関連して誤った情報を得るしかない状況だ。
ある消息筋は「日本政府は1965年に締結した日韓基本条約で、1910年8月22日とそれ以前に結ばれた両国間の条約や協定が無効になったと宣言したが、韓日併合条約の不法性についてはまだ認めていない立場」としながら、問題の絵の説明にそのような見解が反映されたのではないかと思うと述べた。(機械翻訳 若干修正)

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