(日本経済新聞 2019/06/25)
中国本土への容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」を巡る香港の大規模デモが収まる兆しを見せない。若者たちは当局の監視を避けるためSNS(交流サイト)を匿名で駆使し、地下鉄でもICカードの使用を避けるなどデジタル領域に痕跡を残さないよう懸命だ。中国式のデジタル監視システムと香港の若者との知恵比べの様相も呈している。
■スマホの位置情報オフ、痕跡消去
「落ち着いて。攻撃してはいけない」「360度監視カメラに気をつけて」。6月21日夜、学生ら1万人超が香港警察本部を包囲して抗議する中、スマートフォンの通信アプリ「テレグラム」にはこんなメッセージが次々流れた。
テレグラムは2017年末のイラン反政府デモで使われて有名になった。通信内容を暗号化して送るため安全性が高いとされ、香港の若者が普段使うフェイスブックやワッツアップとは違い、素性を明かさず参加できる。テレグラム上には条例改正反対のデモを呼びかける複数のグループがあり、多いものは登録者が数万人に上る。
過去最大規模となった16日の200万人デモには一般市民が多く参加したのに対し、幹線道路を占拠したり、立法会(議会)や警察本部を取り囲んだりするなど過激な活動を主導するのは、複数の学生団体やテレグラム上のグループだ。
14年に起きた「雨傘運動」の学生リーダーの一人、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏は「参加者が緩やかにつながり、自発的に活動するリーダーなき運動だ」と評する。
マスク、ヘルメット、ゴーグル――。警官隊とデモ隊が激しく衝突した12日にはイラスト入りの持ち物リストがテレグラム上に出回った。マスクで顔を隠すのは、監視カメラで個人情報を特定されるのを避けるためだ。
デモに参加した鄧さん(23)は「すべての痕跡を消すのは難しいが、スマホの位置情報をオフにして、デモに関するメッセージもすぐに消去している」と話す。
同日深夜、地下鉄の券売機の前に長い行列ができていた。いつもは日本のSuica(スイカ)に似た交通系ICカード「八達通(オクトパス)」を使う人が多いが、乗降した駅や時刻など履歴を簡単にたどれるため、現金で切符を買った方がいいという情報がネットで拡散した。ある参加者は「デモの後は追跡を避けるため自宅に直帰せず、どこか立ち寄ってから帰るようにしている」と明かす。
10年から始まった中東の民主化運動「アラブの春」ではSNSが民衆を動かす武器になった。自国への波及を警戒する中国共産党は情報統制を強めてきた。

▲個人情報の追跡を防ぐため、デモ参加後の電車切符を現金で買う人たち(16日、香港)=三村幸作撮影
■監視カメラ2億台超? 若者ら自衛
中国本土には2億台を超える監視カメラがあるとされ、人工知能(AI)を使った顔認識技術によって個人の特定が容易になっている。中国式ハイテク監視は香港にも及びつつあるとみる若者らは自衛を強めている。

▲デモ参加者は香港警察本部の監視カメラを雨傘で覆い隠した=ロイター
デモのさなかにも懸念を裏付ける出来事があった。12日の衝突後、香港警察は複数の病院に立ち入り、手当てを受けていた患者を相次ぎ逮捕した。公立病院と警察のシステムがバックドア(裏口)でつながり、救急車で運ばれた患者のデータが漏れた疑いが濃厚だ。
テレグラムの運営会社は12日、何者かが大量のデータを送りつける「国家級」のサイバー攻撃を受けたと明かした。発信元の大半は中国だったという。香港メディアは中国当局がデモに対抗して攻撃を仕掛けた可能性を指摘する。
香港の若者をデモに駆り立てるのは、「一国二制度」で認められてきた言論の自由や法の支配が失われることへの危機感だ。中国との一体化を進める習近平(シー・ジンピン)指導部に「ノー」を突きつける抗議活動は、スマホとともに育った普通の若者たちが中国式デジタル監視に挑む戦いでもある。(香港=木原雄士)

深刻さ真剣さがよくわかる
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