(朝日新聞 2019/10/13)

 日本と韓国の外交関係はいま、「国交正常化後で最悪」と言われています。韓国では、日本政府に対する抗議デモだけでなく、日本製品を対象にした不買運動や民間交流の中止まで起きています。政府同士の対立が、なぜ人々の感情まで動かしているのか。ソウル支局の武田肇記者に聞きました。
※2017年4月から赴任

Q 海外にいると、旅行者も時に、「日本代表」として扱われます。韓国で暮らし、取材する1人として、現地の雰囲気を教えてください

A 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領を支える与党内に「日本経済侵略対策特別委員会」というのがあり、所属の国会議員が、日本の輸出管理厳格化への対応策を議論しています。

 8月12日、日本人記者と懇談会をするというので、出向いたら韓国メディアのカメラが並んでいました。日本の記者だけが質問できる、記者会見のような感じでした。

Q どんな質問をしましたか?

A 「韓国では日本製品の不買運動が行われています。民間の自発的な運動とされていますが、税金を使って不買運動を応援する地方自治体もあります。不適切ではないですか」という趣旨の質問をしました。

 この夏、ソウル市や釜山市、京畿道など五つの自治体の議会は、特定の日本企業を「戦犯企業」と定め、その製品を買わないように努めるなどとした条例を可決しました。他にも動きはあります。地方議員にとって「業績」になるんでしょう。韓国では来年4月には総選挙が予定され、世論のアピールをめざして日本外しを競い合っているような状況です。

 これに対する特別委の議員からの返答は、「日本が韓国に『経済攻撃』をしなければこうした動きはなかった。外交(元徴用工)問題を経済問題と結びつけ、ゴールポストを移したのは日本だ」というもので、質問自体に対する不快感を示しました。

Q 他にはどんなやりとりが?

A 日本は8月8日、韓国向けの輸出手続きを厳しくした半導体材料の一部について、審査の結果として輸出許可を出したと発表しました。私は、「このように日本側がどんどん許可を出せば、対立も和らいでいくのではないですか」と尋ねました。

 すると、議員は「1千人が通れる道をふさいでおいて1人だけを通し、『よくできたでしょ』と言っている4歳児を見ているような気持ちだ」と強く反論してきました。

 この様子はテレビのニュースで放映されました。議員は、光復節(8月15日、日本統治からの解放を祝う日)が近い時期で、ナショナリズムが高まる国内情勢を意識した可能性もあります。後日、なじみの銭湯のおじさんに「テレビに出ていましたね」と話しかけられた時は、苦笑いするしかありませんでした。

■取材に難しさも

 韓国は保守と革新の対立が激しい国ですが、輸出規制は日本による韓国への圧力だという認識で一致しています。また、8月15日前後は「冷静に別の視点を」とは言いにくくなります。植民地支配の苦しい記憶がよみがえる敏感な時期に、日本による輸出優遇国から韓国除外が決まり、多くの人が強い憤りを感じたのだと思います。

Q 現在はどうですか?

A 8月に比べれば雰囲気は和らぎました。ただ、ソウル市内を走るバスの車内に貼られた「日本に行かない 日本製品を買わない」というステッカーが一部残るなど、個人的には目に付くなと感じています。

 「NO JAPAN」というポスターもあったんですが、日本政府と国民は分けるべきだと議論になりました。それで「NO 安倍」となったんですが、日本の安倍政権の支持者から見たら、結局同じことだと思われても仕方ありません。

Q 取材への影響は?

A 韓国政府の関係者は、いまは取材が難しいですね。特に外交省(外務省)で日本を担当する人たちは会いにくい。最近も日本のネットメディアが、現職の韓国外交官が文大統領の外交政策を批判したという記事を載せ、組織内で犯人捜しが行われています。

 一般の人への取材は、特に影響はありません。ちょっと困るのはタクシーです。運転手さんは車でラジオのニュースを聞いている人が少なくなく、日本人が乗ってきたら車内での話題にしたいという考えもあるのでしょう。時に、韓国政府の主張を一方的に訴えられたり、安倍政権の韓国政策についてたくさん質問を受けたりします。

 一方で、日韓関係が悪化する前から仲の良い韓国の人たちは、むしろ気遣ってくれます。両国関係が悪化して、不便はないですか、と。ありがたいです。

Q 不買運動はどうですか。

A ターゲットにされた企業は大打撃、それ以外ではあまり影響がない、といった状況です。

 深刻なのはビールです。輸入物も含めて他にも消費者の選択肢はあるし、日本製品を避ければ周囲に「不買運動に参加していますよ」と言える。ユニクロもその一つで、反日デモが盛んだった当時の中国よりも打撃が大きいという話もあります。日本旅行のボイコットも同じ理由で、参加率が高まっています。

 これに対し、日本式の居酒屋は人気です。経営者が韓国人だからでしょうか。日本製品の不買を徹底するなら、サムスンのスマホにも日本製の部品が入っているのですが、そういう議論にはなっていません。一方で、韓国の若者にも人気だった日本式の有名パン屋が閉店を決めたことがSNSで話題になるなど、事態の長期化がさまざまな影響を与え始めています。

■映画館で違和感

Q 同調圧力もあるのでは?

A 必ずしも、周りの目を気にしてというわけではなさそうです。普段は政治に関心がないという人も、今回ばかりは不買運動を「実践している」と話しています。初めて自分の愛国心に気付いたと語る人もいます。

 韓国では、普段は燃え上がらないだけで、国を守る、日本は信用できないという小さな火種を多くの人が持っているのだと感じました。背景に、日本の植民地支配に抵抗した歴史を建国の原点にしている歴史教育があるのは間違いないでしょう。

Q 報道の影響は?

A それはあると思います。韓国が日本にこう指摘をした、反論したというニュースが日々流れます。政府の発表をそのまま伝えるためなのですが、視聴者からすると、なぜ日本は悪いことばかりをするのかとなります。

 不買運動も、当初は韓国経済の方が被害を受けるという意見も主要な新聞に載っていました。ところが、韓国紙の記者に聞くと、7月中旬ごろからそうした主張が載りにくくなり、8月にはほぼ載らなくなったそうです。代わりに載っているのは「不買運動への参加を決めた」という論説委員らのコラムだとか。このあたりで流れが決まってしまったようです。

Q 慰安婦問題はどうですか?

A 韓国の人たちは慰安婦問題にとりわけ関心を持っているとされていますが、おやっと思うことはありました。

 今年1月、金福童(キムボクトン)さんという元慰安婦の方が92歳で亡くなりました。2015年の日韓慰安婦合意に反対する韓国の「象徴的存在」とされてきた人です。彼女を追ったドキュメンタリー映画が公開されることになり、慰安婦を支援する団体が大きく宣伝し、テレビでもとりあげられました。

 ところが、私が光復節の数日前の平日午前に見に行くと、100人は座れるだろう映画館に客は私1人。場所はソウルの中心街、明洞(ミョンドン)のロッテシネマでした。この時だけの偶然ではなく、観客動員数はふるわなかったそうです。本当に国民が関心を持っていたら、こうはならないでしょう。

■日韓の「相乗効果」

 私は、この合意で設立された「和解・癒やし財団」(2019年に解散)の支援金支給を希望する元慰安婦や遺族に対し、解散を急ぐ韓国側の都合で、支払いが滞っている問題を報じました。ですが、これを後追いして報じた韓国メディアは2社だけでした。

 なぜ記事にしないのかと記者に聞くと、「韓国では合意は『被害者の意見を聞かず、日本側に有利に決めた』との見方が定着し、支援金を受け取るのは道徳的に正しくないという空気があるため、触れにくい」ということでした。

Q 事実と道徳は別では。他にも様々な場面で、今回の日韓関係の悪化は、双方の政府が打ち出した外交政策の結果なんだという視点が、互いに欠けていることがあるように感じます。

A 先日、韓国メディアの若手記者と話していて、「韓日関係って、どうして懸案が増えるんでしょうね。旭日(きょくじつ)旗だって10年ほど前まで問題ではなかったのに」と言う言葉が印象に残りました。

 韓国の国会は9月30日、東京五輪・パラリンピック期間中に、旭日旗やそのデザインを利用した応援グッズの持ち込みを禁じるよう、国際オリンピック委員会などに要求する決議を賛成多数で可決しました。韓国政府に、あらゆる国際行事で旭日旗を使わせない努力義務も課す内容を含んでいます。

 自衛隊旗として使われている旭日旗について、10年以上前にも不快感を抱く韓国人はいたでしょう。ですが、韓国メディアが繰り返し批判的に取り上げ、社会的に悪いものと位置づけられたのはごく最近です。政府組織までが「国民感情に反する」と問題視するに至り、韓国として譲れない話になってしまいました。その意味では、韓国にも原因の一端があると言えます。 ただ、同じ10年の間に日本の一部の人たちも、旭日旗を反韓国の集会やデモに持ち込んできました。この動きに対し、日本政府や海上自衛隊が「悪用は困る」と表明したとは聞いたことはありません。いわば両国の「相乗効果」で懸念が強まっている状況です。

 この若手記者は、旭日旗に関する韓国での日々の報道で、日本側の対応に力点がおかれ、韓国で問題視されるようになった経緯を伝えられないことにジレンマを抱えていました。

■内閣関係者の忠言

Q 武田さんが、日々の報道とは別にじっくり取り組みたいテーマはなんですか。

A 日本と韓国の社会って、実はすごく似ています。少子高齢化、ひきこもり、非正規雇用の多さ、結婚しない若者の増加、女性が受ける差別の問題……。日韓で一緒に知恵を出し合えば、きっといいアイデアが生まれます。

 最近知ったんですが、日本を旅行する韓国人には、自身がかつて体験したり見聞きしたりしたことに対する懐かしさを理由にしている人が少なからずいるんです。たとえばランドセルは、韓国でも70年代くらいまで使っていたそうですが、今はありません。女子学生のセーラー服もとうの昔になくなっている。渋谷に行って、CDをたくさん売っている店があることに感動したという話も聞きました。韓国ではネット配信に押され、CDはほぼ消えてしまいました。近い国だからこそ見えていない、お互いの姿があるんだと思います。

Q 日韓関係、今後どうなるんでしょうか。

A 韓国に来ている10代、20代の若い日本人女性と話すと、政治的な関係の悪化をまったく気にしていない。反日ステッカーも気にしない。こういう世代が日韓の民間交流を支えていくんでしょう。

 ソウル赴任前、都心のおそば屋さんで内閣官房の関係者に言われたことを、最近よく思い出します。その人は、どうしても赴任前に伝えたいことがあると前置きし、「嫌韓がはやっているが、日本にとって韓国は死活的に重要な国だ。それを念頭に記事を書いてほしい」と言いました。

 私がいぶかしげに「安倍首相はどうなのでしょう」と返すと、「総理も同じ考えだ。断言する」と。

 その後、日韓関係は大きく動きました。今もその人が同じことを言うかどうかはわかりません。でも、国民感情が嫌韓に向かうことを日本政府の多くの人たちが憂慮していた。これは確かではないかと思います。(聞き手・神田大介)