[日韓の現場]文大統領の実像<2>知日派意見 聞き入れず…「本心を代弁」 側近が発言力
(読売新聞 2020/02/12)
韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は、知日派の外交官や専門家の意見を聞き入れず、政権内では文氏の考え方に近い強硬派の発言力が強い。こうした姿勢が、日韓関係の悪化につながっている面もある。
昨年初め、李洛淵(イナギョン)首相(当時)は青瓦台(チョンワデ)(大統領府)で文氏と面会し、「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」問題について、日韓関係に詳しい専門家らの意見を反映させた報告書を提出した。
内容は、「原告らへの補償は韓国政府が全面的に責任を持つ。そうでない場合、日韓関係に重大lな問題が生じる」というものだった。
知日派の李氏は、2018年10月30日に大法院(最高裁)が新日鉄住金(現・日本製鉄)に賠償を命じる確定判決を出したことを受け、専門調査班の長を任されていた。
文氏はこの時、「ひとまず、わかった」と聞き置いただけで、最終的には報告書を採用しなかった。
政界関係者によると、専門調査班の報告書は、実は事前に大統領府側との地ならしが進んでいた。李氏が文氏に提出した具体的な日付は不明だが、報告書がまとまってから提出されたのと同じ時期に大統領府内で人事異動があり、「風向きが変わった」という。
大統領に次ぐ青瓦台ナンバー2の秘書室長は当初、与党・共に民主党で文氏とは別の派閥に属する任鍾晳(イムジョンソク)氏で、文氏に反対意見も具申できたといわれる。ところが、19年1月8日、文氏の長年の側近である盧英敏(ノヨンミン)氏に交代した。
対日外交の司令塔となっていた知日派の南官杓(ナムグァンピョ)・国家安保室第2次長も駐日大使に転出が決まり、後任として対日強硬派の金鉉宗(キムヒョンジョン)氏が2月未に着任した。
米国弁護士出身の金鉉宗氏は盧武鉉(ノムヒョン)政権で通商交渉本部長を務め、推進論が大勢だった日韓自由貿易協定(FTA)交渉について「第二の日韓併合になる」と進言し、交渉を打ち切った経緯がある。
対日強硬派が要所に就いた大統領府で、日本の主張に沿ったような報告書がお蔵入りしたのは、当然の成り行きだったともいえる。
大統領に意見を具申する国家安全保障会議(NSC)でも、「文大統領の本心を代弁できる人物が発言力を得る」(韓国政府関係者)といわれる。
NSCは昨年8月22日、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)の破棄方針を決めた。安全保障協力への悪影響を懸念する鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防相らは破棄に反対したが、金鉉宗氏ら対日強硬派に押し切られた。
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文氏は盧政権の高官だった時代から、日本や米国との関係より、北朝鮮との関係を重視する姿勢を見せてきた。その頃、対日米関係の重要性を説く職業外交官らへの不信感が決定的となる出来事があった。
きっかけは、2007年12月、国連総会で採択された北朝鮮の人権弾圧を非難する決議だ。韓国は北朝鮮に配慮して棄権した。
採決を前に、政府内では反対意見もあった。
外交官出身の宋旻淳(ソンミンスン)外交通商相は、対米関係を重視して賛成すべきだと主張した。文氏は、自身の対北融和路線に外交官らが何かと異論を挟むことに、いらだちを募らせていた。情報機関トップの金万福(キムマンボク)国家情報院長が南北チャンネルを通じて北朝鮮の意見を確認しようと提案し、文氏が受け入れた。
宋氏が16年10月出版の回顧録でこのやり取りを暴露すると、文民は17年の大統領選で「北朝鮮にお伺いを立てた」などと批判を浴び、ますます外交官らへの不信を強めたという。
17年5月の文政権発足以降、外交省では対米、対日外交を専門とする外交官が相次いで要職から外された。昨年5月に就任した趙世暎(チョセヨン)第1次官は知日派だが、日本に厳しい姿勢で知られる。朴槿恵(パククネ)前政権下の慰安婦問題に関する日韓合意の検証にも加わり、例外的に重用されている。
政権内では、文氏の対日政策に異論を唱えにくい状況が生まれている。
韓国の反応↓ 11日付報道[文大統領の実像<1>]には大統領が“異例的”に自ら反論したのに、ずいぶんトーンが変わりましたね。
(中央日報 2020/02/13)
(略 報道内容説明)
青瓦台高位級関係者はこれに関連して、この日、「日本メディアがどのような見解で報道するかは報道機関の自由」とし「一部の特定メディアが特定の視角を持って報道したもの」と明らかにした。



ただでさえおかしい奴なのに。
流れる水は腐らないって言うしな。
specificasia
が
しました