(朝日新聞 2020/04/25)

 日本で新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない一方、先に危機を迎えたお隣の韓国では今、終息の兆しが見え始めている。防疫対策は日韓の共通課題だが、双方とも協力に踏み出そうとしない。関係者の証言からは、日韓関係悪化の深刻な現状が見えてくる。

 韓国で国会議員を選ぶ総選挙が終わり、最初の週末を迎えた4月18日。ソウルの中心部・鍾路の焼き肉街は、仕事終わりの会社員やデートを楽しむカップルらでにぎわっていた。人気店には席待ちの行列ができ、狭い路地を行き交う人同士が触れ合う。まさに「密集」状態。ほろ酔いで足元のおぼつかないおじさん3人が、「2次会行くぞ」「俺がおごるよ」と言いながら、こちらに近寄ってくる。みな、マスクは付けていなかった。

 韓国では、2月下旬に南東部の大邱で宗教団体の集団感染が発生。一時期は、1日に約800人の感染が判明するなど急激に拡大した。テレワークを行う企業が増え、地下鉄やバスの利用者は激減。飲食店も閑古鳥が鳴いた。

 その後、充実したPCR検査や、ITを駆使した追跡システムで感染者の早期発見をめざしたことで、感染が抑えられつつある。4月3日に感染者数は1万人を超えたが、1日当たりの増加数は2桁を維持するようになり、19日には2カ月ぶりに1桁となった。

■検査態勢、WHOも評価

 韓国政府は「安心できる段階ではない」(丁世均〈チョン・セギュン〉首相)と注意を呼びかける。国民に対して引き続き、不要不急の外出はなるべく避け、カラオケ店やネットカフェ、クラブなど人が密集したり、換気が悪かったりする屋内施設の利用は自粛するよう求めている。

 だが、感染の勢いが抑制され、街には日常の風景が戻りつつある。

 韓国のPCR検査数はこれまでに95万件を超え、日本の5倍近い。韓国政府は2015年に中東呼吸器症候群(MERS)の流行で38人が死亡した教訓から、未承認の医療機器でも一時的に流通させられる特別な制度を設けていた。政府は1月に中国で感染が拡大する状況をみて、韓国にも感染が広がる可能性があると懸念。流行前から民間企業と協力して十分な数の検査キットを準備した。

 韓国国内で感染が始めて確認されたのは1月20日だが、感染が一気に拡大したのはその1カ月後だった。2月下旬に南東部の大邱で新興宗教団体の集団感染が発生。同時期に近くの慶尚北道の病院でも院内感染が起き、感染者が急増した。韓国政府は大邱とその周辺地域を感染症の「特別管理地域」に指定。市民に外出自粛を求めるとともに、発熱など感染の疑いのある人や、症状がなくても感染者と接触した人に対して集中的にPCR検査を実施した。

■トランプ大統領も絶賛

 感染の危険を減らしながら多くの検査をこなすことができる方法はないか。地方自治体職員や医療関係者のアイデアから、車に乗ったまま検査を受けるドライブスルー方式、院外に設けたテントで検体を採取するウォークスルー方式も生まれた。

 中国に続いて感染が広がった韓国で行われた取り組みは、世界保健機関(WHO)から評価され、その後に危機を迎える欧米諸国のモデルとなった。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は3月に入り、防疫対策を議題に米仏などの先進国から中東アフリカの発展途上国まで、各国首脳と電話協議を重ねた。4月中旬までに20カ国以上のトップと話をした。PCR検査キットの支援を売りに、外交的なプレゼンスを高める好機と捉えた。

 文政権は首脳協議の度に、外国首脳から称賛されたと国民向けにアピール。「韓国型防疫モデルが世界的標準になった」などと積極的に広報した。4月15日投開票の総選挙を意識したことは間違いない。

■安倍政権は低評価

 中でも、韓国メディアが注目したのは、文氏が米国のトランプ大統領に頼まれ、PCR検査キットの輸出を約束したことだ。その日は3月24日。折しも、安倍晋三首相が東京五輪・パラリンピックの開催をめぐり、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と延期に合意した日だった。偶然の重なりではあるが、何かについて日本との対比を好む韓国メディアは日韓の「明暗」に飛びついた。韓国国民のプライドは大いに満たされた。

 韓国メディアは投票日直前にも一斉に、「韓国から米国に60万回分の検査キットを空輸する」と伝えた。外交省関係者が記者を集め、非公式に通知したためだ。これも選挙を意識したメディア対策の一環だったのだろう。国会(定数300)で過半数に満たなかった与党の議席は、今回の総選挙で6割を得ることになった。

 韓国大統領府によると、トランプ氏は韓国国会の議席を与党のシンボルカラーである青色が埋めるグラフィック写真に「A great win!(偉大な勝利)」と書き、文氏に送った。そして4月18日に文氏に電話をかけ、「私の友人」と呼んだ。何度も「おめでとう」と語りかけ、「世界の多くの国が新型コロナウイルスで苦しんでいる状況で、韓国の対応は最上の模範となった」と絶賛した。昨年2月のハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わり、仲介役を自任した文氏を「信用できない」と吐き捨てたとされるトランプ氏。同じ人物の発言とは思えないくらいの持ち上げぶりだ。

 とはいえ、トランプ氏は韓国に在韓米軍駐留経費の大幅負担増を求める姿勢を変えていない。昨年末が期限だった今年の駐留経費をめぐる米韓協議は今も続く。文氏は2017年の就任以来、国民が期待した雇用や経済政策で成果を上げられず、北朝鮮外交でも行き詰まる。それでも、一時は40%台前半まで下落した文氏の支持率は、58%まで回復した。

■支援検討も、言い出せず

 一方、韓国に対する評価で欧米諸国などと一線を画すのが日本だ。日韓首脳の間では電話協議も行われていない。

 世界の感染者数が10万人を突破した3月7日。日本国内の感染者数は1100人を超えたところで、中国の8万人、韓国の7千人、イタリアの4600人と比較すれば極端に少なかった。検査数の少なさが指摘されたが、安倍政権の幹部はこう語った。

 「当初は韓国のようにPCR検査をどんどんすべきだと思ったが、韓国のやり方に批判も出ている。大切なことは検査件数ではない。必要とする人がいれば、いつでも検査できる態勢を用意しておくことだ」。他の政権幹部は韓国のPCR検査キットは「精度が悪い」とまで言い切った。

 政府の専門家会議が「欧州のように感染が爆発的に拡大する可能性」を指摘した3月19日に至っても、安倍政権の姿勢に変化はなかった。菅義偉官房長官は記者会見で、ドライブスルー方式を含めた韓国の対応との違いを指摘する記者の質問に「各国の検査の実施方法についてコメントは控えたい。感染の適切な実態把握はしっかり行っている」と述べるにとどめた。

 政府の専門家会議は「日本はコミュニティーの中での広がりを調べるためのPCR検査はしない」(副座長の尾身茂・地域医療機能推進機構理事長)との考えだ。感染のつながりがある患者の集団「クラスター」の追跡に重きを置けば拡大は防げる。こうした専門家の見解に沿って、4月7日の緊急事態宣言後も、政権幹部は「韓国のようなドライブスルー方式の検査はやらない」と、かたくなだ。

 だが、政府の方針に不安を抱き、独自にドライブスルー方式などの検査導入を決める自治体が相次ぐ。

 世界に比べて際立つ日本の検査数の少なさは、米国も懐疑的に見る。日本国内では安倍政権の説明に納得せず、検査数を増やすべきだとの声が強まっている。こうした日本の世論の動向は、在日韓国大使館からソウルの外交省を通じて大統領府にも報告される。

 複数の韓国政府関係者によると、政府内では日本で不足するPCR検査キットやマスクなどを支援する案が検討されているという。ただ、韓国政府関係者は「安倍政権は韓国からの支援を受けることに消極的だとみている。今のところ、青瓦台(大統領府)は慎重だ」と話す。その理由は「支援を表明しても、日本政府から感謝の意が示されなければ、韓国世論は反発する。韓日関係にも逆効果」となるからだ。

 要請がなければ、支援を申し出ることはできない。この韓国政府のロジックは、北朝鮮に対する支援の考え方と同じだ。元徴用工問題をきっかけに悪化した日韓両政府の関係はかなり深刻であることが分かる。

 実際、安倍政権の幹部は「日本にも検査キットはある」として、韓国が支援を申し出るならば「頂けるものはありがたく頂けばいい」と素っ気ない。韓国から何らかの支援を受ければ、後になって、元徴用工問題や輸出規制への対応で譲歩を迫られかねないと警戒するからだ。

 今、安倍政権の中で、韓国政府による新型コロナウイルスへの対策を率直に認める政治家や官僚は見当たらない。その中で、冨田浩司駐韓大使の発言は韓国政府内で注目を集めた。

 冨田氏は4月8日、大使就任後に初めて韓国メディアのインタビューに応じた。聯合ニュースの取材に、韓国の対策を「短期間に先進的で優れた防疫システムを構築し、世界各国から称賛を受けている」と評価。第三国から避難する際に韓国のチャーター機に日本人も搭乗したことや、韓国政府の要請を受けた日系企業が韓国でマスクの素材を生産している例を上げ、日韓の協力の必要性を強調した。

 冨田氏は事前に応答要領を東京の外務省に相談せず、インタビューに臨んだという。首脳間の電話協議についても「意思疎通を避ける考えはない」と述べた。今後に懸念される「経済危機」への対応も含めて、日韓の両首脳は早急に対話すべきではないか。(ソウル=鈴木拓也)


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