(日本経済新聞 2020/09/03)
検証・尖閣沖衝突10年(中)海保の態勢強化を
沖縄県尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した2010年の事件で、日本は漁船船長の扱いに苦慮した。司法手続きの方針を固めないまま逮捕し、対応が後手に回った。再発防止のための海保の態勢強化も不十分なままだ。
「通常なら即逮捕の案件です」。10年9月7日、海保を所管する国土交通省に船長を「逮捕相当」とする報告が届いた。
漁船は違法操業して巡視船に体当たりしており、海保の内規に基づけば即逮捕の事案。判断を保留したのは中国との関係を踏まえ政治判断を仰ぐためだった。
04年に中国人が尖閣に上陸した際、当時の小泉純一郎政権は逮捕した後、強制送還した。04年は出入国管理法違反、10年は公務執行妨害の容疑だった。仙谷由人官房長官らは衝突映像を見て悪質性が高いと判断し、逮捕を決めた。
仙谷氏は生前に残した音声記録でこう明かす。「海保が逮捕後まで考えていたかというとそうじゃない」
逮捕後に起訴するか、証拠となる衝突時の映像を公開するか、といった方針は決めていなかった。後に中国に示した略式起訴の案も当初はなかった。対応が定まらないまま捜査機関の判断で釈放可能な逮捕後72時間が過ぎ、船長は勾留された。
こうなると裁判官が勾留の必要がないと判断しない限り、原則釈放されない。中国が反発を強めても日本政府が取れる選択肢の幅は狭かった。仙谷氏は司法の動きに対処する十分な能力が「省庁も政治家もなかった」と振り返っている。
対応に関わった政府高官は「釈放すれば弱腰と批判される。起訴すれば中国が猛反発する。衝突が起きた時点で行き詰まっていた」と指摘する。尖閣に近づく中国船への最も現実的な対策は海保が穏便に追い返すことだったとも語る。
そもそも事件はなぜ起きたのか。中国が戦略的に仕掛けたとの見方は政府内ですぐ消えた。船長が逮捕時、酩酊(めいてい)状態だったからだ。当初は尖閣の問題も理解していなかった。
「尖閣は中国の領土だ」と主張し始めたのは中国大使館員と面会した後だったという。後にこの点を問いただされた中国側は「彼は学習したのだ」と答えた。
日本政府は事件を「酔っ払い船長による偶発事故」と結論づけた。個人の過激な行動なら、またいつ起きてもおかしくはない。
尖閣担当の経験がある海保関係者によると、領海警備の内規は体当たりのような突発事故を防ぎながら対処する操艦術を加えるなどの改訂をした。逮捕後の具体的な方針は定めるに至っていないという。
衝突事件後、当時の菅直人政権の幹部がまとめた非公式の総括文書はこう提言する。「海保の態勢強化を静かに進める必要がある」
海保の資料によると10年に日本の方が多かった1千トン以上の艦船は、19年には中国138隻、日本67隻となった。日本は15隻以上増やしたが、中国との差は広がる一方だ。少ない船で領海を守る10年前よりも厳しい状況が続く。



まずは積極的に逮捕して、有罪にしては?
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