(フィナンシャル・タイムズ2022年10月2日付/日本経済新聞 2022/10/03)

米バイオ製薬モデルナは、画期的な新型コロナウイルスワクチンの開発で核となる知的財産を中国へ引き渡すことを拒み、同国でのワクチン販売を巡る協議は決裂していた。事情を知る複数の関係者が明らかにした。

2020〜21年にかけて行われた協議に関わった関係者2人によると、米マサチューセッツ州に本社を置くモデルナは商業上、安全上の懸念を理由に、メッセンジャーRNA(mRNA)技術によるワクチン開発方法の提供を求める中国政府の要求に応じなかった。モデルナは今も中国へのワクチン販売を「強く望んでいる」としている。

モデルナのほかに独ビオンテックと米ファイザーが共同で採用しているmRNA技術によるワクチンは、中国のメーカーが製造する不活化ワクチンより効果の持続期間が長く、防御力も高い。中国の製薬企業数社が自前のmRNA技術の開発を急いでいるが、より感染力の強い変異ウイルスの出現でてこずっている。

◇技術移転が条件で断念

モデルナの中国担当チームに近い関係者によると、中国側が技術移転を対中販売の前提条件としたため、同社はそれまで続けていた進出への試みを「断念」したという。

今のところ、中国政府は外国製の新型コロナワクチンの国内販売について、規制当局の認可を条件として2つの道を開いている。中国の製薬会社に技術を全面移転するか、基礎技術を保持したまま現地企業と組んで中国国内に生産施設を設けるかのいずれかだ。モデルナは前者とするよう迫られた。

ビオンテックは20年、臨床試験(治験)とワクチンの製品化に向けて上海復星医薬集団と提携した。知的財産権が維持される方式だ。この提携で、復星医薬は年間10億回分の生産能力を持つ工場の提供に応じた。

対照的に上海の雲頂新耀は、カナダのバイオテクノロジー企業プロビデンス・セラピューティクスのmRNAワクチン候補にアクセスできる契約を結んだ。完全な技術移転も含まれる。

どちらのワクチンも、中国政府は承認していない。

モデルナの経営陣が中国企業への技術移転に応じなかったのは、合弁相手による製造の過程で問題が生じて自社の信用に傷がつくことを懸念したからだと関係者2人が明かした。

モデルナは、特許を放棄しても供給制約の解消にはほとんどつながらないとして、世界中で自社の知的財産を保護する姿勢に徹している。イタリア国内の生産施設への技術移転に関する協議も決裂したが、モデルナは自社が生産の監督にあたれないことを理由にした。

中国では治療用のmRNA製品はまだ一つも認可されていない。また、このタイプのワクチンの大量生産は、中国医薬集団(シノファーム)と科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が手掛ける既存の不活化ワクチンよりも複雑だ。

◇高所得国の需要減退響く

モデルナは数週間前から、中国との協議再開に前向きな姿勢を示すようになった。同社のポール・バートン最高医療責任者(CMO)は「彼らが国内にワクチンのニーズがあると思っているのなら、我々はもちろん中国との協業を強く望んでいる」と語った。

このバートン氏の発言の数日前、バイデン米大統領が「パンデミック(世界的流行)は終わった」と述べたことを受け、モデルナを含む主要ワクチンメーカーの時価総額100億ドル(約1兆4500億円)以上が吹き飛んだ。

モデルナはフィナンシャル・タイムズ(FT)紙の取材に「当社は現在、供給に関する中国との話し合いを行っていない。当社は新型コロナウイルスワクチンの供給ニーズについて各国と話し合うことにはオープンだ」と回答した。

業界関係者は、mRNAワクチンを導入していない最後の主要経済国である中国との協議再開に前向きなのは、モデルナが最初の売り込み先として照準を合わせた高所得国で需要が低迷しているからだとみている。

ワクチンの出荷状況を追跡している英医療調査会社エアフィニティによると、モデルナは他の3つの主要ワクチンメーカーよりも出荷に占める高所得国の比率が高い。同社に数十億ドルの利益をもたらした戦略だ。モデルナのワクチンの86%強が高所得国向けであるのに対し、ビオンテックとファイザーは74%、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は63%、英アストラゼネカは19%だ。

需要の減速は新型コロナワクチンの主要メーカー全社に影響を及ぼしているが、事情を知る関係者らによると、認可済みの製品がコロナワクチンしかないモデルナは経営陣への圧力が特に強くなっている。 By Sun Yu, Eleanor Olcott and Donato Paolo Mancini