(産経新聞 2024/05/14)
日本維新の会の松沢成文参院議員は14日の参院外交防衛委員会で、在日米軍に使用を許可している尖閣諸島(沖縄県石垣市)の射爆撃場について、返還交渉の開始を提起した。米軍による演習は昭和53年以降、46年間行われていない。
松沢氏は「米軍に使用する意思がないなら、日米地位協定の原則にのっとって返還を求めるべきではないか。二つの射爆撃場の返還のあり方を交渉していること自体、領有権を世界に示す証明になる」と述べた。
松沢氏は「米軍に使用する意思がないなら、日米地位協定の原則にのっとって返還を求めるべきではないか。二つの射爆撃場の返還のあり方を交渉していること自体、領有権を世界に示す証明になる」と述べた。
尖閣諸島の久場島と大正島は昭和47年、日米地位協定に基づく日米合同委員会で、それぞれ「黄尾嶼(こうびしょ)射爆撃場」「赤尾嶼(せきびしょ)射爆撃場」として米軍が使うことが合意された。防衛省幹部の答弁によれば、53年7月以降、両島とも射爆撃場の使用を巡る通告は行われていないという。
松沢氏は「米軍に使用する意思があるなら、訓練に使用してもらう。日米共同訓練をしましょうといったらどうか。実現したら中国に対する強大な抑止力になる」と述べ、「返還するなら、政府は射爆撃場として継続使用すべきだ。米国に共同訓練を申し入れて砲撃訓練することも抑止力になる」と語った。
木原稔防衛相は「両射爆撃場は米側から返還の意向は示されていない。引き続き米軍の使用に供することが必要な施設区域との認識を持っている」と答弁した。返還交渉論の提起については「提言として承った」と述べつつ、「さまざまな要素を総合的に考慮し、慎重な対応が必要になる」と語った。
尖閣諸島の領有権を中国政府が初めて主張したのは1971(昭和46)年。外務省幹部によると、戦後、在日米軍が両島の射爆撃場を使用した際、中国政府はほとんど抗議もしなかったという。(奥原慎平)

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