(朝日新聞 2024/08/24)
 台湾海峡を望む中国・福建省福州の漁港。16日正午、839隻の漁船が爆竹を鳴らし、一斉に北東に進み出た。目指すはこの日、一部で漁が解禁された東シナ海だ。漁師の男性(60)は「天候次第で釣魚島(尖閣諸島の中国名)周辺まで行く」と話した。

 東京電力福島第一原発の処理水放出が始まって24日で1年になる。日本産水産物を全面禁輸した中国では当初、「放出から8カ月で汚染水が沿海に到達する」という清華大の研究チームのシミュレーションがネット上で広く拡散した。

■「もし汚染があれば・・・」

 だが男性は、「もし汚染があれば、国は我々に漁をさせない」と意に介さない。処理水に関連して海域や魚種を制限する通知はないという。地元メディアによると、福建省全体ではこの日、放出前の1年前より651隻多い9795隻が漁に出た。

 この漁港周辺は、中国の養殖アワビの3分の1を水揚げする産地としても知られる。今年5月のアワビの価格は前年より3割も下がった。だが、海鮮料理店の店主は「(処理水は)関係ない。もし、ここが汚染されていたら、中国沿海は全滅だよ」と笑う。

 別の漁師の男性も、海産物の価格低迷は「不景気が原因だ」と話す。市民がコストパフォーマンスを重視するなかで、割高な海産物は敬遠されがちという。

 市民はどう受け止めているのか。出漁の様子を撮影に来ていた観光客の女性は「報道を見て海鮮を控えている人はいると思う。でも、汚染されているかは目にみることはできませんし、私は気になりません」と話し、海鮮を食べに向かった。

■放出前より多くの漁船

 遠洋漁業が盛んな同省からは日本沖の太平洋にも多くの漁船が出港する。

 船舶の信号から位置を特定できる「グローバル・フィッシング・ウォッチ(GFW)」を使って中国漁船の活動をみると、中国沿岸だけでなく日本近海で漁を続けている実態が浮かぶ。北緯40~50度、東経150~170度の海域に位置する北海道根室市から東方沖合の公海はサンマのほかサバやイワシなどがとれる漁場で、中国漁船が活発に活動していた。

 朝日新聞は昨年9月、処理水放出から1カ月後のタイミングでもこの海域の中国漁船の操業状況を調べ、漁を継続していた実態を報じた。

 日本漁船がこの海域で取った魚は、日本の漁港で水揚げされ日本産となり、中国に輸出できない。一方、中国漁船が取って中国に持ち帰れば「中国産」として流通する。

 GFWのデータによると、この海域で今年5~7月に操業した中国漁船は前年同期比で34%多く、延べ8876隻にのぼった。操業時間も57%増えた。処理水放出前よりも多くの中国漁船が操業している。

 GFWで中国漁船の他の活動エリアをみると、福島第一原発がある福島県から東に約400キロの沖合や、沖縄本島から北西へ約200キロのより日本に近い海域でも、処理水放出後も中国漁船が漁を続けていることが確認できた。

 日本の水産庁も、中国漁船が処理水放出後も操業を続けていることを把握している。資源管理のため各国の漁場や魚種を確認するが、中国漁船の動向については処理水の放出前後で「特別な変化はない」という。

 中国政府は処理水を「核汚染水」と呼び危険性を訴え、禁輸に踏み切った。だが、日本に近く日本漁船も操業する海域で、大量の中国漁船が今も変わらず操業する状況が続いている。(福州=小早川遥平、北京=井上亮)