虐殺された朝鮮人犠牲者を追悼 小池百合子都知事は追悼文を送らず 関東大震災101年 東京・横網町公園で式典(東京新聞 2024/09/01)
 関東大震災の際に虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式典が1日午前11時、小雨が降る中、東京都墨田区の都立横網町公園に設置された慰霊碑前で営まれた。日朝協会など市民団体でつくる式典実行委員会は追悼文の送付を小池百合子都知事に求めたが、「(式典と同じ日に同会場である)都慰霊協会の大法要の中で、大震災の極度の混乱の中の事情で犠牲になられたすべての方々に哀悼を意を表す」との理由で届かなかった。

 式典は台風の影響を受け、人数を縮小して開催。実行委の20人が犠牲者に祈りをささげるとともに、虐殺の背景にあったとされる偏見や差別のない社会の実現を願った。

◆石原慎太郎氏も追悼文を送っていたが…

 実行委によると、式典は1974年に始まり、当時の美濃部亮吉さん以降の全ての都知事が追悼文を寄せていた。小池知事も就任1年目は送ったが、2年目の2017年から今年まで8年連続で見合わせた。実行委は「自然災害で亡くなった人と人の手によって命を奪われた人をごちゃまぜにしている。犠牲者への尊厳が感じられない」と抗議している。

 関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが広まり、関東一円で混乱に乗じて朝鮮人や中国人、日本の社会主義者らが殺害された。(原田遼)

美濃部亮吉(ウィキペディアより一部抜粋)

第6-8代 東京都知事
当選回数 3回
在任期間 1967年4月23日-1979年4月22日

■北朝鮮との関係

対北朝鮮、在日朝鮮人の関連では全国の都道府県の中で先駆けて在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)など、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に近い立場の関連施設の固定資産税を免税にしているほか、朝鮮大学校を各種学校として認可している。

1968年には、文部省が「北朝鮮系在日朝鮮人の基幹教育機関」として認可に懸念を示していた朝鮮大学校について各種学校として全国で初めて認可した。以降は全国の地方自治体で朝鮮学校への補助金を支給する動きが広がった。

1971年には平壌を訪問し、北朝鮮首相金日成とも会談した。これは「都市外交の一環」を名目としたもので、現職都道府県知事としては唯一の北朝鮮訪問である。

産経新聞(2016年5月7日付)の報道によれば、美濃部は1971年の金日成との会談において「私は1925年に大学を卒業して以来、約40余年間マルクス経済学を勉強してまいりました。それ故に私は社会主義者であり、社会主義の実現を理想とする人間です。金日成元帥がなされたような活動は出来ませんでしたが、日本国内で私のなし得ることはやりました。・・このような立場にたっている私としては、貴国で進められている社会主義建設の早いテンポには非常に尊敬の念を抱いてきました」と発言し、社会主義下の平壌の現状を引き合いに「資本主義の負けは明らかである」と断じた。産経新聞はその記事中で「朝鮮大学校の認可は、金日成訪問の手土産であった」と報じている 。