(聯合ニュース 2025/06/20)
 「韓日和解と平和プラットフォーム」などの韓日市民団体は20日、ソウル市内で記者会見を開き、日本による植民地支配は不法で無効だとする内容の共同宣言を発表した。

 宣言には、韓国側から韓国YMCA全国連盟、日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連)など400の市民団体と市民2280人が、日本からは45の団体と市民235人が参加した。共同宣言は日本でも同時に発表された。

 宣言は「韓日基本条約の締結から60年が過ぎた現在も、韓日間の過去の歴史に対する認識の差は埋まっていない」とし、条約の第2条と第3条に問題があると指摘した。

 第2条は「(韓日合併条約を締結した)1910年8月22日以前に大韓帝国と大日本帝国との間で締結された全ての条約および協定は、もはや無効であることが確認される」、第3条は「大韓民国政府は、国際連合総会決議第195号に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される」と規定している。

 宣言は「1910年8月22日およびそれ以前に締結された全ての条約と協定が不法無効であることを韓日両国が認め確認しなければならない」としたうえで、日本は過去の不正を法的に認め、それに伴う責任を明確にしなければならないと強調。

日本の植民地支配の歴史を全ての朝鮮半島レベルで完全に清算するためには北朝鮮と日本の関係改善と過去の歴史の整理が必須だとして、日本政府が植民地支配の責任に背を向けたまま北朝鮮を孤立させる敵対視政策を撤回し、新たな韓日関係に対する展望を前提に北朝鮮との国交正常化交渉に乗り出すことを希望すると明らかにした。

 韓日両国の市民社会の課題としては「正義に基づく歴史和解」を挙げ、
在日コリアン差別の撤廃、
朝鮮学校無償化の実現、
朝日(日朝)・朝米(米朝)国交正常化による停戦体制の解消
、
北東アジアの多国間安全保障協力体制など平和体制の構築――の四つの課題を提示した。


北のフロント組織(団体)のようですね。

※↓は日韓基本条約2条の解釈の参考に

(読売新聞 2019/09/04)
(略)
◇玉虫色の産物「もはや無効」

 次に、<1>の韓国併合は不法で無効な植民地支配だったのかどうか。この点については、日韓請求権協定とともに結ばれた日韓基本条約の第2条の解釈がカギになる。

 「千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」(日韓基本条約第2条)

 日付は日韓併合条約の締結日だ。素直に読めば、日韓基本条約の締結で日韓併合条約を含むそれ以前の条約は無効になることを確認しただけ、と読めるが、実は「もはや」の3文字に大きな意味がある。

 日本側は「もはや無効」を「かつては有効だったが、日韓基本条約で無効になった」と解釈する。日韓併合条約は大韓民国が独立した昭和23年(1948年)8月15日に失効したが、かつての日本の韓国併合は国際法的に合法、有効だったことになる。

 これに対して韓国側は「もともと日韓併合条約を含む一連の条約は無効だったことを、この条文で確認した」と解釈する。韓国併合は最初から不法に行われ、日本の朝鮮半島支配は全体が違法・無効だったことを日本側も認めた、ということになる。

◇「ナル・アンド・ボイド」巡る攻防

 日韓基本条約の第2条が玉虫色であることは、英語の表現をめぐる交渉記録を見ると、よりはっきりする。

 「もはや無効」は英語では「already null and void」と記されているが、韓国側は当初から「null and void」という表現にこだわった。「null」はラテン語では完全否定で、「null and void」には「当初にさかのぼって無効」という強い意味がある。日本側は「null and void」を拒み、決着は最終の第7次交渉までもつれ込んだ。

 最後は外相として訪韓した椎名悦三郎(1898~1979)が徹夜交渉の末、「null and void(の表現)を受け入れるが、その前にalreadyを入れてほしい」という妥協案を出し、ようやくまとまった。韓国側は国際法の学者に問い合わせ、「null and voidが入るなら、前にどんな修飾語がついても意味は変わらない」という答えを得て「already null and void」を受け入れている。

 韓国側の解釈では、日本の韓国併合は不法で無効であることは日韓基本条約で確認されているのに、日韓請求権協定はその前提に立って結ばれていないのだから、植民地時代に強制動員された元徴用工に対して慰謝料を払うのは当然、ということになる。

◇なぜ合意を急いだのか

 日韓両政府が国交正常化を急いだ背景には、双方の事情と米国の圧力があった。当時の韓国は経済の停滞が続き、冷戦下で国防予算の膨張が続いた米国は韓国への海外援助を削減し始めていた。中国が核実験を行い、北朝鮮も「千里馬運動」による経済成長を続けていた。朴大統領は国交正常化によって日本からの経済協力を得ることを優先した。一方、アジア外交の推進を掲げた佐藤栄作(1901~75)首相も、韓国との不正常な関係はアジアの平和と安定にマイナスになると判断していた。

 ベトナム戦争にのめり込む中で、米国もアジアの安全保障の面から日韓の連携を強く求め、日韓の交渉が行き詰まるたびに再開を促し、早期合意に向けて両国に圧力をかけてきた。第2条の文言が英語の表記でもめたのは、交渉の影の主役が米国だったことを物語っている。

 だが、合意を急いだツケは大きかった。「過去」の清算をする絶好のチャンスを十分に生かせなかったことは、歴史認識を巡る日韓対立は続く結果を招いた。神戸大学大学院教授の木村幹さんは『朝鮮半島をどう見るか』のなかで、「両国政府は国交を正常化するにあたって、『過去』の問題への理解をあいまいにすることを選択した」「一見たいした違いとは思えないような解釈の相違は、決定的なものだった…このような条約解釈は、日韓の『過去』に関する議論にピリオドを打つどころか、むしろそれを大きく刺激することになった」と指摘している。

◇日韓に解釈の「ねじれ」も

 それにしても、訴訟がなければ判決は出せない。大法院判決はなぜ2018年になって出たのか。「完全最終解決」したとされた問題で半世紀にもわたって訴訟が続いてきた一因には、日韓両政府の戦時賠償をめぐる解釈の揺れがある。

 日本はサンフランシスコ平和条約で、連合国各国の政府と互いの請求権を放棄した。だが、条約によって米政府に賠償を請求できなくなった日本人の原爆被害者が「自分の権利を勝手に日本政府に放棄された」として日本政府を訴えた(「原爆訴訟」)。この時に日本政府は、「放棄したのは国が持つ外交保護権だけで、被害者個人の請求権までは放棄していないから、日本政府に賠償責任はない」と反論した。

 外交(的)保護権とは、ある国の国民や企業が他国の国際違法行為によって損害を受けた場合、国が違法行為を行った他国の責任を追及できる権利をいう。原爆訴訟で外交保護権を持ち出したことで、日本政府は日韓の請求権についても「協定で放棄したのは外交保護権で、個人の請求権は放棄していない」という姿勢を取らざるを得なくなったわけだ。

 一方の韓国政府は、当初は「日韓請求権協定によって、被害者個人の権利は全部消滅している(ので、裁判もできない)」としていた。このため、元徴用工は日本の裁判所で訴訟を続けていた。だが、韓国政府は1990年代に見解を変更し、被害者個人の権利は残っているという立場に立つようになった。逆に日本政府は2000年ごろから「個人の請求権自体は消滅していないが、日韓請求権問題で解決済みとされている以上、裁判では救済されない」という論理(「救済なき権利」という)を持ち出し、日本の最高裁もこれを追認する判決を出した。

 元徴用工は今度は韓国の裁判所に訴訟を起こし、訴訟は長期化した。日韓両政府の「解釈のねじれ」がこの問題を長期化、複雑化させ、救済を求める元徴用工を振り回し続けた面は否めない。(略)

プロフィル
丸山 淳一( まるやま・じゅんいち )
 読売新聞調査研究本部総務。経済部、論説委員、経済部長、熊本県民テレビ報道局長、BS日テレ「深層NEWS」キャスター、読売新聞編集委員などを経て2020年6月より現職。経済部では金融、通商、自動車業界などを担当。東日本大震災と熊本地震で災害報道の最前線も経験した。1962年5月生まれ。小学5年生で大河ドラマ「国盗り物語」で高橋英樹さん演じる織田信長を見て大好きになり、城や寺社、古戦場巡りや歴史書を読みあさり続けている。

も‐はや【最早】
副
今となっては。もう。すでに。狂言、末広がり「―かう参りまする」。「―時代遅れである」「―5年も前のことになってしまった」
[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]