(日本経済新聞 2026/02/22)
自民党が圧勝した8日の衆院選に関し、SNSを使った情報工作とみられる動きが見つかった。X(旧ツイッター)のデータを分析したところ、400ほどの中国系アカウントが連携し、高市早苗政権の印象を下げる投稿を拡散していた。今回は拡散規模が限られたものの、従来よりも日本語の発信に力を注ぎ、AI(人工知能)画像を駆使するなど手法は巧妙になった。対策強化が急務となっている。

◇不自然な投稿の裏に中国の影

「#国民の裏切り者高市早苗」「#高市早苗退陣」「#高市早苗は辞任せよ」「#高市早苗はカルト教団の信者である」

衆院解散の報道が出ていた1月中旬、こんなハッシュタグ(拡散を狙ったキーワード)がX上に広がり始めた。一連のハッシュタグをつけて投稿していた複数のアカウントを並べて比べると、投稿パターンやプロフィル情報が不自然に一致する。

■Xの日本風アカウントの不自然なパターン例
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日本経済新聞はこれらの投稿データを精査し、情報工作を目的としたアカウントを探った。

情報工作アカウントは、一般的な利用者とは異なる特有の動きをすることが多い。

共通ハッシュタグの多用、プロフィル画像の使い回し、法則性のある酷似した利用者IDなどがある。投稿者を特定できる情報がほぼない匿名性、同じパターンの内容を他のアカウントと連動して投稿するのも主な特徴だ。

これらのうち、中国語の表現や字体を含む投稿をするアカウント、中国政府に近いアカウントと一定のつながりがあるアカウントがおよそ400あり、「中国系」の工作アカウントと特定した。

■工作アカウントの投稿文には中国の字体や表現が残る
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◇工作テーマは「旧統一教会」

■工作アカウントの典型的な投稿例
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中国系の工作アカウント群の投稿は、主に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と首相に関する内容が多い。

多くの投稿文には基となる資料があった。首相を含む自民党の政治家への接近工作を、旧統一教会の組織内で報告した内部文書とされる「TM特別報告」だ。この内容を日本語で解説する文章を何パターンもつくり、資料の画像や抜粋文の形で投稿していた。

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首相と旧統一教会とのつながりを印象づけ、批判が広がるのを狙った工作と考えられる。

旧統一教会は、れいわ新選組や共産党といった野党が衆院選で政権批判に使ったテーマで、選挙中のXにおける最大の話題の一つだった。

〇「旧統一教会」は衆院選中の主要トピック
 X上の主な話題の投稿数

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工作アカウント群の投稿を遡ると、衆院選より前は中国語や英語の発信が多かった。25年11月の台湾有事を巡る首相の発言以降、日本語の投稿が増え始めた。選挙にかけて一時、日本語の投稿が中国語を上回った。

〇衆院選で日本語発信が急増
中国系工作アカウント群の1日あたりの投稿数(言語別)

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過去に特定された中国系アカウントの工作は中国語や英語による発信が軸だ。日本語の工作が特定された事例は限定的だった。

◇衆院選に照準

投稿時期のデータからは今回の衆院選に照準を合わせたことが浮かぶ。

工作に使われたとみられる一連のハッシュタグの投稿は、1月14日ごろから急激に増え、解散表明直後の1月20日に600件を超えた。2025年6月以降に投稿された計6千件ほどのうち、大半は衆院選の期間に集中した。

〇投稿は衆院選期に集中
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◇アカウントの7割強、選挙直前に開設

400ほどある工作アカウントの少なくとも76%は選挙直前の25年12月以降に開設されている。

〇工作アカウントの開設時期
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実行部隊が工作用に大量登録したアカウントを随時投入している可能性を示唆する。

◇4割以上で「不正認定」

運営側のXも何もしていないわけではない。不自然な動きを検知し凍結・閲覧制限に動いた。工作アカウントのうち2月4日時点で4割超がXから事実上の「不正認定」をされている。

〇工作アカウントの4割超がXから凍結・閲覧制限
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選挙期間中にアカウントが次々凍結されても、毎日新たな工作アカウントが「補充」され、ハッシュタグを拡散した。

◇工作の役割分担

工作の拡散パターンを分析すると、工作アカウントには2つの類型がある。「発信源アカウント」と「拡散加速アカウント」だ。

「発信源アカウント」は、中国政府の主張をなぞる投稿を大量に中国から発信する。

日経が24年10月に公開した調査で、沖縄独立運動に絡む偽情報を発信したと特定したアカウントが代表例だ。今回の拡散工作にも参加していた。

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「拡散加速アカウント」は、設定を工夫してXが公開するデータでは所在地を特定しづらくしている。その上で「発信源アカウント」や日本の「野党寄りアカウント」の投稿をひそかに拡散する。「拡散加速アカウント」どうしで投稿を拡散し合う例も目立つ。

◇進む「ステルス化」

特定した約400のアカウントのうち、2割ほどはやみくもな投稿を避けている。反響が大きい他のアカウントの投稿に絞って拡散する傾向があった。

コンステラセキュリティジャパン(東京・千代田)の陶山航シニアアナリストは、実際の利用者に近いこのような振る舞いに関し「アルゴリズムが学習し、政権批判の投稿が関心が高い層に推薦表示されやすくなる可能性がある」とみる。

◇選挙への影響は限定的

工作が本格化してから衆院選投票日までのXにおける推定拡散規模は200万件程度だった。同期間の高市首相と旧統一教会に関する拡散規模全体の約4千分の1にすぎず、選挙の大勢に影響を与えたとは考えづらい。

Xの推定では、中国系の工作はアカウントを数百万規模で動かせる。今回動かしたアカウントの規模はその潜在能力に比べて控えめだった。

主な工作の目的は、選挙への介入よりも「ステルス化」やAI画像など、様々な手法を試すことにあったと推測できる。

◇AI画像も同時に投稿

一部の工作アカウントは選挙期間中に幅広いテーマにわたって画像を投稿していた。

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工作アカウントから収集した投稿画像を米ハイブのAI判定ツールにかけたところ、59枚の画像がAI生成だと判定された。うち7割強の43枚について、中国企業のAIが使われた可能性が高いとの結果が出た。

全体としては「中国の軍事力・経済力の誇示」「日本の戦争責任・軍国主義への回帰批判」といった「中国発」の発信源アカウントが頻繁に投稿するテーマの画像が多い。

加えて政治や社会、米軍への反発・不信感を刺激するAI画像が投稿された。例えば「生活苦」「過労」「沖縄や米軍基地周辺の住民感情」「選挙不正」といった内容だ。

■中国企業のAIで生成された可能性が高い投稿画像の例
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米ハイブのツールで判定。別々に投稿された画像を日経が1枚にまとめ配置

多くのAI画像は日常の場面を切り取った構図を使い、年代や性別など様々な切り口で対立をあおる傾向がある。工作者が社会の分断をあおる材料を幅広く探っていることがうかがえる。

■世代・性別で社会対立をあおるAI画像の例
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米ハイブのツールで判定。別々に投稿された画像を日経が1枚にまとめ配置

情報工作をする側にとっては「生成AIが普及したことで言語を含む壁がなくなり、何を目的に、いつ、どのテーマで工作を仕掛けるかだけの問題となっている」(PwCコンサルティングの村上純一パートナー)。

現時点の品質は文字に中国語の痕跡が残るなど、まだ低い。

今後のAIの進化で、より自然な画像や文章が量産できるようになる。分断工作の脅威は増していく。

◇情報工作への規制、実効性に課題

ネット上では情報戦が激しさを増す。中国系のアカウントに限らず、ロシア政府が背後にいるとみられるグループが米国など諸外国の選挙に介入した事例が確認されている。25年7月の参院選でも選挙介入と疑われる事例が指摘された。

巧妙化していく工作をどうやって防ぐのか。

いまの日本の情報工作への規制は実効性に乏しい。25年4月に情報流通プラットフォーム対処法が施行されたものの、偽・誤情報を流された当事者が権利侵害の申し立てをしなければ運営企業に対応を迫れない。

衆院選では政府が削除要請への迅速な対応を運営企業に要請した。ただ仮に申し立てても、運営企業には削除に応じる義務はない。

日本の行政機関は分析した工作の実態を積極的に公表しておらず、国民の関心が高まりにくい面もある。ルール整備の議論が進まず、工作を検知する技術研究の資金も不足しがちだ。

世界的に見ても、非政府組織(NGO)やSNS運営企業による工作への検証活動は以前より低調になっている。偽情報対策を「検閲」だとみなし批判する米トランプ政権の姿勢やSNS企業がデータ提供の条件を厳しくした影響が大きい。

◇外務省、過去には反撃も

体制整備が不十分な中で、行政機関がひそかに対策を打ち出すケースもあった。

2023年、中国政府が背後にいるとみられる工作アカウント群が、東京電力福島第1原子力発電所からの処理水放出を巡り、国際社会に向けて英語で批判キャンペーンを展開した。

これに対し外務省は24年にかけ、委託先企業を通じ匿名アカウント群を使い反論を試みていた。この作業に関わった人物は「匿名アカウントを使い反論した。ネットの論調を変える手段として効果があったかは不透明だ」と証言する。

外務省は外注契約を含む関連文書の存在は否定しなかった。その上で詳細資料は「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、関係国等との信頼関係が損なわれるおそれがある」との理由で不開示とした。

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◇対策強化へ産官学の連携急務

日本国際問題研究所の桒原響子研究員は「選挙期間に限らず、平時から、社会全体で(情報工作への)対応能力を高めていくことが重要だ」と指摘する。

具体的には「政府、研究者・学者、市民社会団体、メディアなどの多様な主体がそれぞれの強みを生かしつつ、情報のモニタリングや分析、共有、注意喚起を通じて連携し、知見を蓄積」すべきだと提言する。

先行してルール整備を進めたカナダは、偽情報対策への教育や情報工作の研究に助成する官民連携が盛んだ。選挙に特化した公式の横断タスクフォースもある。

情報工作や偽情報への対応に関し、高市首相は台湾などの事例を参考に「インテリジェンス(情報の収集・分析)機能の強化」を掲げる。司令塔役として、今国会で内閣情報調査室(内調)を「国家情報局」に格上げする法整備を予定する。

AI時代は偽・誤情報の量も急拡大する。言論の自由とのバランスを取りつつ何をどこまで規制対象とするのか。官民が工作事例を収集・共有する体制を整備し、明確な基準づくりを急ぐ必要がある。