(朝日新聞 2026/03/27)
 在日コリアンが集住する関西各地で近年、歴史を伝える資料館が相次いでオープンしている。背景には、在日1・2世の高齢化などで散逸しつつある貴重な資料を次世代に残したいという、当事者らの思いがある。各地の資料館が連携する取り組みも始まった。

 神戸市長田区のJR新長田駅から南に約200メートル、集合住宅が立ち並ぶ一角に「神戸在日コリアンくらしとことばのミュージアム」がある。約80平方メートルの展示室は全面ガラス張り。歩道からでも、ジオラマや写真など100点近くの展示物が見える。

 中でも目を引くのは、壁一面を覆う在日コリアンたちの写真だ。家族の集合写真、友人同士でポーズを決めた一枚、葬儀の記録も。地域住民らが寄贈した。

 長田は戦前から在日コリアンが集まって暮らし、地元で盛んなケミカルシューズ産業に携わる住民が多い。同館でも、往時の工房を再現したジオラマや、靴作りに使ったはさみや釘抜きを展示している。

 同館は2024年末、地域で子どもの教育支援を20年以上続ける在日2世の金(キム)信鏞(シニョン)さん(73)が中心となって開いた。写真や映像での展示をメインにしたのも、支援してきた在日3・4世の子らに伝わるように、との思いがある。

 朝鮮語を教える活動の中では、子どもらが「自分は日本人だ」「親と自分は違う」とルーツを否定する姿を見てきた。自身も小学生のころ、担任教師から「朝鮮人なんてどうしようもない」と言われ、在日であることを「隠さなあかん」と感じた経験がある。

 「写真」の存在は、金さんがルーツに対する思いを再確認するきっかけになった。約20年前、母親が亡くなり、両親の故郷、韓国・巨済島(コジェド)を訪ねた時のこと。親戚の家で若かりし頃の両親や、幼い自分がうつった一家の写真を初めて目にした。「祖国とつながった」と感じ、涙があふれた。

 その後、神戸で在日コリアンに関わる写真を集めるようになった。展示会を開くと、来場者が100人を超える日も。常設にすることを決心し、教育支援に使ってきた場所を改装した。

 開館後は、地元の高齢者が展示を見て自身の経験を語ったり、大学の授業で訪れた若者が「朝鮮と日本との関係の深さを知ることができた」と感想を残したり、幅広い人たちが訪れる。近隣の中学校と連携し、生徒が放課後に朝鮮の言語や文化を学ぶ企画も進めている。

 金さんは「未来の子どもたちに何を残せるか。考え続けたい」と話す。

 関西では近年、在日コリアンの暮らしや歴史に関する資料館が相次いで開館している。

 京都府宇治市のウトロ地区では22年、住民が中心となり3階建ての「ウトロ平和祈念館」をオープン。戦時中の飛行場建設のために朝鮮半島から労働者が集められた地区の歴史を伝える。

 1階は交流スペース。2階では、建設労働者たちが暮らした飯場(はんば)の様子や、集落の土地明け渡しを巡る裁判の経緯などをパネルや映像で展示する。廊下には、在日コリアンに対する差別感情を背景に、地区内で起きた21年の放火事件についてのパネル展示もある。

 地元の高校生と地区の記録映像制作に取り組むなど、地域との交流も始まっている。

 日本有数の在日コリアン集住地である大阪市生野区では23年、キムチやK-POPグッズの店が並ぶ商店街のそばに「大阪コリアタウン歴史資料館」ができた。商店街で韓国物産店を営んできた洪性翊(ホンソンイク)館長(69)が、アトリエとして使っていた建物を提供。「街を訪れる若者に、なぜここにコリアタウンがあるのかを知ってもらい、日韓親善の一つの礎になれば」と言う。

 展示は、現在の商店街のにぎわいを起点に、植民地下の朝鮮から渡日した人々がつくった戦前の「朝鮮市場」まで、歴史をさかのぼるスタイル。副理事長の伊地知紀子・大阪公立大教授は「韓流好きの若者らの多くは、学校で植民地の歴史を十分に教えられていない。今の風景を入り口にして、学んでもらえる展示を意識した」と話す。

 館の奥には、韓国のスイーツを提供するカフェも併設している。

■各地の資料館で連携も

 各地の在日コリアン資料館をつなぐ試みも始まった。

 関西の3館が中心となって昨年11月、北海道、東京、滋賀、神奈川(計画中)にある5館の運営者らも招いたフォーラムを大阪市で開いた。

 各館が取り組みや開設の経緯を共有するなかで話題になったのが、「資料を託す場」としての意義だ。司会を担ったNPO法人・コリアNGOセンター(生野区)の郭辰雄(カクチヌン)代表理事(59)は「歴史を知る在日1世が少なくなり、2・3世が高齢化している。記録が消滅し、歴史や在日の思いが見えなくなっていってしまう」と危機感をあらわにする。

 神戸の金信鏞さんは、資料集めのために在日の高齢者が集まる施設を訪ねて回ったといい、「地域の人たちとのつながりで、一枚一枚の写真に出会えた」と報告した。

 権利擁護活動に携わる人々や研究者の高齢化によって、貴重な資料が散逸してしまう現状もある。大阪公立大の伊地知教授は開館の背景に、歴史研究者の田中宏・一橋大名誉教授から寄贈を受けた在日コリアンに関する段ボール箱約250箱分の資料の存在があったことを紹介。開館後には、地域の高齢住民から「一族の系譜を引き取ってほしい」「(地場産業の)ヘップサンダル製造機械を寄贈したい」といった申し出を受けたという。

 今後は、各館の展示物を交換し合う巡回展や、展示物をオンライン上で公開する「ウェブミュージアム」の構想を進めるという。

 郭代表理事は「若い在日がアイデンティティーを育む場所としても、今後の日本社会を構成する市民が多文化共生への理解を深める場所としても、資料館は大事な場所だ」と意義を語る。「次世代の社会を担う人々が交流し、未来を考えられるような刺激を得られる場になっていって欲しい」と話した。(仙道洸)