こう着状態の地方参政権運動
(統一日報 2012/02/01)
新たな戦略の立て直しが必要
民団が1994年に最優先課題に掲げて取り組んでから18年の歳月が過ぎようとしている地方参政権獲得運動。日本の政局が混乱する中で獲得運動は停滞状態にある。昨年からは在外選挙への参加と並行する重要運動として推進されているが、運動の力点は在外選挙運動にシフトし、地方参政権は影を潜めている状態だ。2月23日には民団中央大会が開かれ、新しい執行部体制がスタートするが、地方参政権運動を今後どのように進めていくのか、民団にとって戦略の立て直しが求められている。
転換点を迎える民団の地方参政権獲得運動
民団の地方参政権獲得運動は、1987年に「在日韓国人の権益に関する全国統一要望」(第6次)活動の中で、日本社会の「住民」として地方自治体選挙への参加要求から始まった。
1994年4月、民団は名称・綱領・規約から「居留」を削除して在日韓国人として日本で定住することを宣言すると同時に、「地方参政権」を権益擁護運動の総括として推進する。
ここを起点にすれば、地方参政権運動は18年間を経過した現時点で、昨年の野田首相の「参政権付与には慎重である」との国会答弁で事実上、暗礁に乗り上げてしまっている状態にある。
現場で活動する団員らは消耗しているかのようだ。東日本大震災という未曽有の災害で民団の活動が復興に集中してしまったにせよ、参政権の方では現時点で中間総括がしっかりと行われているのかという指摘が出ている。
呂健二・民団中央本部地方参政権獲得運動本部本部長代行(本部長=鄭進中央本部団長)は「これまで全国団長会議などで中間の総括はしている。全国から集まってくれた委員の方々の真摯な質問や提案を、その都度文書にまとめて執行部にも報告している」と説明する。
しかし中央の指導層と現場では乖離があるようだ。地方参政権推進委員会に出席した団員は「ゼロからのスタートに戻った感じだ。私の地域でも地方参政権運動よりは、今年から始まる在外選挙に力点がシフトしているようだ」と話す。事実、去年の団長団会議では、参政権運動の扱いに比べて、明らかに在外選挙登録への取り組みに力点が置かれていた。本年1月1日付の「民団新聞」1面での中央団長新年辞では、一言も地方参政権に関して触れられてはいない。
この18年間、民団は参政権獲得に向けかつてないほどの労力・エネルギーを傾注してきた。地方議会での意見書採択への取り組みや数々のシンポジウムの開催、そして各政党への請願活動と多岐にわたり、法案審議の俎上に乗せる段階にまで至った。
しかし2001年の小泉政権の発足により運動は厳しい局面を迎えてゆく。
国粋的な保守派議員たちにより、法案審議は事実上、先送りに。加えて北韓による日本人拉致問題や核・ミサイル問題の浮上、領土問題や歴史認識で日本世論も右傾化し、一部マスコミやネット上でのネガティブキャンペーンが始まり、地方参政権運動はこう着状態に陥ることになる。
それらの動きに対して、民団は大規模集会やシンポジウムなどを開きつつ、特に国会議員へのロビー活動に力量をより注いだ。2009年9月の衆議院選挙ではかつてないほどに選挙に携わり、結果、民主党が衆院選に勝利し、永住外国人の地方参政権に賛同する鳩山政権が発足した。
地方参政権獲得実現目前の段階まで来たと思われたが、その後、民主党政権の迷走、そして東日本大震災があり、与党民主党内の少なからぬ一部議員や自民党を始めとする反対派の動きもあって、先の野田首相の答弁となってゆく。
法案成立を成し得なかった失望感もさることながら、日本の政局に翻弄され続けた団員たちの消耗は大きい。これらの現場の状況や声にどれだけ中央の指導層が応えているかが問われている。
呂本部長代行は「参政権獲得は早い方がいいに決まっているが、何年かかってもいいという覚悟で始めた。運動は継続していかなければならない。日本の国会が決めることなのでロビー活動も大事だ。日本の方や在日の方にも啓蒙活動を続けなければならない」と話す。
民団鳥取では、これまでに地方参政権問題のシンポジウムを数回にわたって開催し、地域での情報発信や問題提起に努めてきた。薛幸夫団長は「私が団長になってから、5回のシンポジウムを開いた。やはり日本社会に対する啓蒙活動を続けていくしかない。民団は全国的に一斉にやらなければならない。単なるロビー活動だけの状態では実現は難しい」と話す。薛団長はさらに「新たなプロジェクトチームを作り、専門家チームで戦略の建て直しをする必要がある」と指摘する。
在日同胞が日本の地で地域住民として生きてゆく上で、地方自治に参加する権利としての地方参政権がいかに重要であるかは語り尽くされてきた。日本が真の「国際化」を果たす上でもこの問題は避けて通ることはできない。
「暗礁に乗り上げている」今だからこそ、18年間の総括を行うべきである。
獲得運動が大衆運動たりえたのか?
日本世論の支持は得られたのか?
在野の市民運動との連携はどうであったのか?
反対勢力の攻勢に対処できたのか?
ロビー活動に偏重していなかったのか?
国際世論の喚起は成しえたのか?
総括項目は数多く存在する。これらを総括し、それをすべての団員と共有し、その上で鮮明で力強い運動方針を明らかにする。それが中央本部指導層の責務ではないか。2月23日の中央大会ではそのことも問われるべきだろう。
各界各層の声
呂健二氏-民団地方参政権獲得運動本部本部長代行
地方参政権の審議はストップしているが運動はまだ道なかばだ。指紋押捺問題は『91年問題』で解決したが、その間、多くの方が努力して長い闘いをやってきたからだ。
地方参政権というのは日本の地域社会の仕組みを根幹から変えるものだ。この壁は簡単に越えられるものではない。この運動はパンドラの箱を開けるような仕事だ。最後に何が出てくるかわからない。何年もかかるだろうという覚悟で始めた。現時点で国会での審議は終わっている。あとは法案が提出されるか、されないかだけだ。ところが、今はこう着状態にある。大きな理由のひとつに、力量不足など反省しなければならないこともあるが、水を差したのは拉致問題と『5・17』問題が決定的な要因。韓国のパスポートを持ちながら、朝鮮総連の活動をしている人たちもいる。
また日本経済低迷や年金問題などで若い人たちが将来に展望を見出せないで外国人のことを考える余裕がない。残念だがナショナリズム的な傾向が強まっている。国会議員も若い層に代わり、自民党や民主党に関係なく私たちがなぜ日本にいるのか、わからない人たちも多い。
次の執行部には、まずは運動の進め方として、運動の枠を決めてもらいたい。今は地方参政権本部だが、以前は委員会だった。運動をする部署の再構築が必要。そして強力なスタッフとよく情勢分析した上で活動方針を打ち出してもらいたい。
李根氏-民団宮城団長
私たちの力量の問題になっているが、日本の政治状況の中で決まることだ。地方参政権運動の『旗』を降ろさない限り、この運動を粘り強く続けていくべきだ。一昨年まではシンポジウムをやったり、国際的なお祭りに出て行ったりしたが、今はストップ状態が続いている。地方参政権の歴史的な成り立ちから言っても、現在の多文化共生社会の中でこの運動の役割は大きいと思う。
地方参政権は日本の方からお願いして与えるべきだという日本人もいる。そういう仲間をもっと増やしていくべきだ。反対者が先鋭化しているが、それは私たちの力が大きくなったことを立証している。私たちの運動は間違いではない。ここでがっかりする必要はない。取れる寸前まで来ている証拠だ。
坂中英徳氏-移民政策研究所所長
最初は特別永住者だけに限定して求めていたものが、ある段階から一般永住者も含まれるようになった。現在、一般永住者は在日中国人や日系ブラジル人が多数。在日外国人の社会状況も変化している。彼らが求めているかと言えば、そうでもない。
日本人側からみると、地方参政権を付与しようかという気持ちにはならないのではないか。
基本的には外国人に地方参政権や政治関与は許さないという日本の政治家の姿勢は変わらない。外国人に地方参政権を与えるとなると、政治資金規正法も変えなければならなくなる。地方や国政も含めて外国人勢力から日本の政治が動かされてはいけないというようになっているし、お金をもらってもいけないようになっている。政治資金規正法はそう簡単に改正できない。
民団地方参政権獲得運動の歩み
| 第1期(1987年~1993年) 運動の始まり | 第2期(1994年~2001年3月) 最優先課題に | 第3期(2001年4月~2007年7月) 運動の停滞 | 第4期(2007年8月~2010年6月) 早期実現に向けて | 第5期(2010年7月~現在) こう着状態の運動 |
| 1987年 全国統一要望書(第6次)で住民としての要望表明 1991年1月 韓日外相覚書に在日韓国人の地方参政権要望を明記 1992年 生活拡充運動を開始 1993年5月 青商連合会(呂健二会長)が地方参政権シンポジウム開催 1993年9月 大阪・岸和田市が全国で初めて定住外国人の地方参政権で意見書採択 | 1994年4月 辛容祥執行部が地方参政権獲得運動を最優先課題に。地方議会での賛同意見書採択や国会議員への立法化要望運動展開 1995年2月 地方参政権付与許容の最高裁判決 1996年 意見書採択した自治体が1000を超える 1998年10月 民主党と公明党が初めて国会に法案提出 1999年8月 国会で初めて法案審議 1999年10月 自自公連立与党が「成立させる」で合意 | 2001年4月 自民党の小泉純一郎氏が総裁に。推進派の野中広務氏らが非主流に 2001年5月 国会が地方参政権法案の採決の先送りを決める 2001年6月5日 採決先送りに抗議し、東京で4000人が決起大会開催や街頭デモ 2002年1月 滋賀県米原町が全国で初めて外国人住民に住民投票権付与 2004年11月 定住外国人の地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワーク結成 | 2008年1月 民主党内に地方参政権を実現する議連が発足。会長に岡田克也氏 2008年12月 民主党の小沢一郎氏が「政権を取れば地方参政権を実現」と発言 2009年2月 中央委員会で地方参政権付与に賛同する候補を支援することを決める。地方参政権獲得運動本部設置 2009年9月 民主党が与党に。11月以降に「政府案」で成立させることを公表 2010年1月 小沢氏の元秘書逮捕。与野の反対相次ぐ | 2010年7月 民主党が参議院選挙で大敗し、国会は衆参ねじれ状態に。地方参政権の国会での進展がみえず 2010年11月 公明党の山口那津男代表が李明博大統領と会談。実現に向け努力表明 2010年11月 鳩山由紀夫前首相がソウルで特別講演会 2010年11月 第34次韓日議員連盟合同総会で日本側議員に格別の協力を要請 2011年9月 野田佳彦政権が発足。地方参政権に慎重姿勢示す |


ここがおかしい、外国人参政権
井上 薫

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