総連内で公式宣言された朝鮮学校「金正恩“偶像化”教育推進」の大号令
(SAPIO 2012年2月22日号 2012/02/08)


李英和
関西大学経済学部教授
(リ・ヨンファ)1954年大阪生まれ。関西大学卒業。1991年平壌の朝鮮社会科学院に留学。93年にRENK(救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク)を結成し、現在代表を務める。著書に『暴走国家・北朝鮮の狙い』(PHP研究所刊)など。


補助金支出問題で「思想教育」の是正が問われる最中

金正日の急死によって息子・正恩の偶像化作業が急ピッチで行われている北朝鮮。一方、在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)は、この動きに一見、静観の構えを見せている。朝鮮総連には朝鮮学校の授業料無償化・補助金問題が横たわり、思想教育をしないことが前提とされているからだ。しかし、本誌が入手したDVD映像には、「正恩崇拝」が声高に謳われていた。


金正日が急死する1週間前のことだった。昨年12月の上旬、筆者の手元に1枚のDVDが届いた。13分ほどに編集された動画がDVDに収められていた。

DVDを再生した瞬間、筆者は驚愕した。朝鮮語の字幕で「総連中央委員会第22期第2次会議」と書いてある。

その直後に司会者の真求(副議長兼事務総局長)が「今から在日本朝鮮人総連合会・中央委員会第22期第2次会議を始めます」と開会を告げる。参加者全員が立ち上がり一斉に拍手を送る。

続いて「本中央委員会には、中央委員359名と中央監査委員3名が参加しています」と大会成立が厳かに宣言される。

これこそ、筆者が本誌2011年9月14日号で、その存在を指摘した「門外不出」の極秘映像だった。

朝鮮総連中央本部は、昨年7月9日に開催した中央委員会の模様をDVD化し、北朝鮮本国へ密かに送付した。

朝鮮総連が父子三代権力世襲、つまり金正恩を熱烈に支持する証拠物としてだった。送付先は朝鮮総連を指導・監督する朝鮮労働党傘下の工作機関「対外連絡部」(現・225部)だ。

この事実を暴露した本誌の筆者記事に、朝鮮総連は大恐慌をきたした。理由は2つあった。ひとつは「金正恩支持」決議が下部組織での討議を経ていなかったから。つまりは中央委員会の独断専行で、組織の動揺や分裂に発展するのを恐れた。

もうひとつは、朝鮮学校の抱える問題。当時、文科省と地方自治体による補助金支出をめぐり、朝鮮学校の教育内容と運営実態がやり玉に挙がっていた。その敏感な時期に三代世襲断固支持を表明するのは「自殺行為」に等しいからだった。

そんな事情から、朝鮮総連は、中央委員会で金正恩支持を決議したものの、その事実と内容を機関紙『朝鮮新報』に掲載すらしなかった。張本人の許宗萬責任副議長は、証拠のDVDが「門外不出」なのをよいことに、口をつぐんだ。

ところが、許宗萬の独断専行と秘密主義は、朝鮮総連の組織内部に深刻な亀裂を生む。その一端が極秘DVDの流出事件である。今回、朝鮮総連の現状を嘆く某幹部が、北の工作機関に送付されたのと同じDVDを筆者に託した。

このDVDは総連が組織活動での利用を想定していない。したがって、大会参加者の中央委員も持っていない。映像を目にできるのはごく少数の最高幹部だけ。その分だけ、朝鮮総連の衝撃は大きかった。中央本部の監察委員会(秘密警察組織)は現在も犯人捜しに血眼である。それでも朝鮮総連は表面上、無関心を装う。

苦渋に満ちた沈黙には、別の深刻な理由が潜む。朝鮮労働党が唐突に下した「朝鮮総連処分」がそれだ。

朝鮮総連は、労働党から「金正恩偶像化を推進せよ」との強い指導で、組織分裂含みの危険を冒してまで、三代世襲支持の決議を急いだ。ところが、そのわずか3か月後、金正日急死で事態が一挙に暗転する。

今度は同じ労働党が、朝鮮総連をあたかも「危険団体」と見立てる新方針を密かに下したのである。皮肉にも、その理由は朝鮮総連が掲げた「金正恩断固支持」と密接に関連する。金正恩が「在日朝鮮人の息子」だという出自の問題がそれだ。

この「りんご問題」については後述するが、今回これが大きな災いの種となる。朝鮮総連は危ない樹上にむりやり登らされたあげく、いきなり梯子を外された格好になった。さらに衝撃的だったのは、労働党から「処分」を告げられる前に、筆者の手で先に事実を暴露されたことだった(2011年12月24日付「産経新聞」)。

そこで、朝鮮総連が得意の絶頂から失意のどん底に転落する経緯を確認しておこう。


「忠誠の題を4世、5世、さらには6世に」

昨年6月、朝鮮労働党は金正恩の偶像化作業を本格的に再起動した。朝鮮総連はこれを受けて真求副議長を平壌に急派、労働党から「金正恩偶像化の思想教育」を開始するよう支持を受けた。その合図がDVDに収められた中央委員会の開催である。

大会冒頭、長たらしい題名の第1議案が発議される。「偉大なる首領・金日成主席様誕生100周年になる2012年を、在日朝鮮人運動の新しい全盛期開拓の跳躍台を作る誇らしい成果で光り輝かせることについて」

この議案報告に許宗萬が最初に立って熱弁を振るう。「金日成民族の新たな100年代と共に、わが祖国は、敬愛する金正日将軍様と尊敬する金正恩大将同志を共に仰ぎ、主体偉業を輝かしく継承していく栄光ある歴史の新しい時代を迎えました。〔中略〕首領様のお望み通り、敬愛する将軍様と尊敬する大将同志の領導に従い、新しい世紀の在日朝鮮人運動をたゆまず繰り広げていきます」

朝鮮総連史上初めて「金正恩」の固有名詞に言及し、父子三代にわたる権力世襲支持を公式化した瞬間だった。その後に府県本部、青年同盟、女性同盟、商工会など参加団体代表の8名が賛成演説に登壇、最後に満場一致の挙手で議決された。

こうして組織内に不満と反発を内包しながら、金正恩偶像化が開始された。前途多難を予感させる光景がDVDの全編に滲み出る。

登壇者の発言は仰々しいが、演説原稿を棒読みするばかり。熱気が微塵も無い。満場一致とは名ばかりで、機械的に挙手する参加者はおしなべて無表情だ。中には拍手をしないものもいる。

朝鮮総連の落日を如実に物語る。同時に、こんな冷めた様子を「忠誠の証」に送って良いものなのか、要らぬ心配をしてしまう。

その中でひときわ目立つ演壇者が7番目に登場した。神奈川朝鮮中高級学校のカン・ムンソク校長である。

カン校長は居並ぶ32名の学校関係者(校長および指名招集された学校関係者)を代表して登壇、次のような賛成演説を打ち上げた。

「1世から2世、3世に引き継がれてきた代、愛族、愛国の代を4世と5世、さらには6世に引き継いで行く〔中略〕重大な任務が私たち教育幹部に任されています。学生たちを、自らの領導者と祖国を知る愛族・愛国の柱として育てて行く〔中略〕高い自覚を持って、教育・教育事業を展開していきます」

閉鎖空間を隠れ蓑に、そして「門外不出」の極秘DVDを良いことに、金正恩の偶像化教育を推進すると公式に宣言したのである。

多くの自治体と世論は、補助金支給の条件として、朝鮮総連からの組織的中立と思想教育の是正を求めている。

神奈川朝鮮中高級学校のカン校長は、全国の朝鮮学校を代表して、自治体と世論に真っ向から挑戦状を叩き付けていたことになる。

こうまでして内外に大きな波紋を広げながら、朝鮮総連は三代世襲支持に猛進した。ところが突然、舞台が暗転する。朝鮮労働党の思い描く金正恩偶像化作業が、想定外の金正日急死で、大幅な繰り上げを余儀なくされたのである。


高英姫の出自を知り尽くす朝鮮総連の行方

金正恩の称号は「大将同志」から「領導者」「最高指導者」へと矢継ぎ早に格上げされてきた。4月15日の「太陽節」(金日成の誕生日)前後には国防委員長と党総書記に登り詰めるだろう。

この超速での繰り上げ達成には、避けて通れない関門が待ち受けている。金正恩の生母にまつわる「りんご問題」の処理である。

北朝鮮は事実上の身分社会だ。国民は「3階層52部類」の複雑な怪奇な出身成分表で管理される。「3階層」とは上から順に「核心階層」(25%)、「動揺階層」(25%)、「敵対階層」(50%)となる。

庶民はこれを隠語で「トマト」(皮も実も赤い)、「りんご」(皮は赤いが実は白い)、「梨」(皮も実も白い)と呼ぶ。

金正恩の実母は在日朝鮮人の高英姫だ。その在日朝鮮人帰国者は「りんご」か「梨」のどちらかに分類され、徹底した差別と抑圧の対象とされてきた。

したがって、金正日と高英姫の「結婚」は最高幹部の間で公然の秘密だったが、高英姫の出身成分(りんご問題)は禁忌事項とされてきた。

だが、金正恩の偶像化作業には、生母の偶像化がどうしても不可欠だ。正直に出自を明かすか、それとも隠蔽して出自を捏造するか。労働党は「りんご問題」の処理をめぐって苦悶を重ねてきた。

両方の可能性をにらんで昨年5月には元山農業大学構内に「尊敬する金正恩同志」の記念碑が作られたりもした。元山港は高英姫が乗った帰国船の寄港地で、元山市を金正恩の「第2の故郷」と定める可能性に備える作業だった。

ところが、偶像化作業が再起動した段階で金正日が急死した。金正恩は経験と実績を欠く。「革命の血統」だけが金正恩の正当性を担保する。そこに出自の疑問が付け加われば、小さな傷でも致命傷になりかねない。「りんご問題」は敏感な政治問題に浮上した。

そこで労働党は金正日急死の直後、間髪を入れずに「りんご問題」の処理方針を決めた。高英姫の出自をこれまで通りに「最高機密事項」として扱い、これを破った者は「厳罰に処する」と秘密裏に決定したのである。

そこで問題になるのが朝鮮総連の存在だ。高英姫が日本生まれである事実を知らない在日朝鮮人はいない。とくに朝鮮総連幹部は内心で「在日の息子」(金正恩)の後継者決定を千載一遇の「追い風」と歓迎した。

だからこそ、幾多の無理を承知で中央委員会決議を採択し、DVDを労働党に送付した。そうすることで、朝鮮総連の「労働党日本支部」としての位置を確固不動にし、あわよくば「格上げ」を期待したのである。

ところが、「りんご問題」の秘密決定で、反対方向に大きく傾く。いくら労働党日本支部といえども、朝鮮総連は日本にある。機密事項に反した総連組織員を「厳罰」(収容所送り)に処することはできない。

問題の性格上、敵の攻撃よりも、むしろ味方の不始末のほうが打撃は大きい。そこで労働党は、朝鮮総連と距離を置くことで、問題決着をはかった。従来の「労働党日本支部」から「海外友好団体」への格下げである。

昨年末の金正日追悼式典では、参席した総連副議長の南昇祐が「国賓待遇」を受けた。許宗萬はさぞかし「不吉な予兆」と受け止めたことだろう。

朝鮮総連はこれまで、外国の「客人」などではなく、れっきとした「身内」(労働党日本支部)のはずだったからである。

「りんご問題」は、朝鮮総連にとって「追い風」ではなく、組織を根本から揺るがす強烈な「向かい風」となる。




北朝鮮とのつながりを深めて権威を維持したい中央と、施設への補助金・固定資産税減免、高校無償化などを求める末端組織員で確執が深まりそうですね。




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