崇礼門:文化財庁、詳細図面を今さら入手したワケ
(朝鮮日報 2011/11/03)
2008年に崇礼門(南大門)で火災が発生した後、文化財庁は「崇礼門復元に必要な資料を探す」と公示を出した。
在米建築家の崔容完(チェ・ヨンワン)氏(73)がこの知らせを受け、韓国を訪れた。同氏が持参したのは、1961‐63年の崇礼門解体補修工事当時の崇礼門解体実測記録1冊(40ページ)と、チョ・ウォンジェ氏、ヤン・チョルス氏、イム・チョン氏など当時の工事関係者の肉声を記録したノート1冊(47ページ)だ。崔容完氏は1960年代の崇礼門工事の際、チョ・ウォンジェ棟梁(とうりょう)の下で、実測や図面記録作成などを担当した。

在米建築家の崔容完氏が1960年代当時の崇礼門解体実測記録資料を公開している。

崇礼門はもともと設計図はもちろん、60年代の解体実測図面が公式には存在しない状態だった。
当時文化財庁は「崔容完氏が所蔵していた崇礼門関連資料を確保し分析作業を行っている。原型復元のために非常に重要な資料と判断される」という内容の報道資料を配布した。
しかし、実情は違っていた。
2日、崔容完氏は「当時、文化財委員会に出席して資料を公開し、文化財庁関係者が閲覧した後、写真を4、5枚撮影したが『また連絡する』とだけ言われ、再び米国に資料を持ち帰った。先月18日、文化財庁長の職印が押された公文を電子メールで受け取った」と話した。「文化財庁では崇礼門復旧のため、所蔵している資料の提供を依頼するので検討してほしい」という内容だった。
3年ぶりに再び資料を持参し韓国を訪れた崔容完氏は「4日に文化財庁関係者に会い、資料を寄贈する予定だ」と話し、本紙に資料を公開した。
崇礼門、表面構造だけ測った図面だけで完璧な復元が可能なのか
(朝鮮日報 韓国語 2011/11/03)
(略)
◇どんな資料なのか
来年末の完工が目標の崇礼門復元工事は工程率60%で、城壁復元は終わり、木工事に入った。去る2006年の精密実測図面(182枚)と1960年代に発刊された修理報告書が土台になった。
しかし、チェ氏は「2006年の実測図面は外形を実測したもので限界があり、1960年代の報告書は考証資料だけで実質復元のための技術資料にはならない」とした。
チェ氏が所蔵する解体実測記録は、今は燃えてなくなった2階門楼と屋根の様々な部材の規格と傾き、修理された部材の位置と数量などが非常に詳細に記されていて、崇礼門を'原形復旧'することに決定的な手がかりになるものと見られる。
特に門楼2階の宗道里と大梁などの建築部材の継ぎ合わせ方法などは、2006年の精密実測した資料には記録されないまま、その後、火に焼けてなくなっていて、より一層大事な資料だ。
チェ氏は「上層屋根の垂木、短い垂木など各材料一つ一つの長さ、曲がりの程度までいちいち測って記録したし、さらに'クギ跡がない'ということまで几帳面に書いた」として「この資料を分析、検討すれば燃えてしまった内部を正確に予測することができる」とした。 国宝の'解剖図面'のようなものだ。
◇ところでなぜ今になって?
問題は、2008年に資料を'確認'した文化財庁がなぜ、これまで資料を'確保'しなかったかという点。文化財庁関係者は「寄贈者に対する補償、処遇などについて話をやりとりして遅くなっただけ」としながら「チェ氏が寄贈した資料が非常に意味があり、大事な資料であることは明らかだが、燃えて無い内部を復元するのは大木匠の役割」と説明した。
しかし、チェ氏がやや高齢なことに加え、寄付者の変心可否も大言壮語できなくて、資料の流失や毀損も十分に予想できる状況。ある古建築専門家は「3年前に資料を確保して復元にどのように適用できるか、すでに分析が終わっていなければならない状況」と指摘した。(機械翻訳 若干修正)
見た目だけそれっぽく作って、中は鉄骨にでもした方が良いんじゃないのかな。
火災保険料も安く済みそうだし...
2008年2月11日
“併合前の朝鮮”の写真で有名な、国宝「崇礼門(南大門)」が燃えちゃったニダ!
2008年2月16日
崇礼門の残骸がゴミ廃棄場にそのまま捨てられていたニダ!

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