(文化日報 韓国語 2014/12/03)

観覧客昨年より45%急減…‘実効支配’効果半減の憂慮も

独島で記念品を販売して昨年19万3000ウォンの国税(付加価値税)(消費税に相当)を納付した独島1号事業者登録者であるキム・ソンド氏(75)が今年は国税を一銭も払わない‘危機’に瀕している。

記念品の販売額が2,400万ウォン以上であれば付加価値税の申告・納付をするが、これに至らなくて納付義務の免除を受ける可能性が高くなったためである
。セウォル号の余波で観光客が急減したうえに国民の独島に対する関心も低調で予想されるキム氏の免税の可能性は、国税納付の有無で独島の実効支配の効果を誇示しようとしていた政府の税賦課の意味を大きく半減させるものと見られる。

3日、慶北道鬱陵郡と国税庁などによれば、キム氏はひとまず、独島行きの旅客船が運航した去る3~11月の間に独島船着き場の『独島愛カフェ』で700万ウォン、国税庁のバザー会で610万ウォン分の記念品を販売するなど、記念品販売を通じて1,310万ウォンの売り上げを上げた。これに国税庁が職員の内部コンピュータ・ネットワークを通じて開場した直取引市場で今年の年末までに販売した金額を加えれば、キム氏の今年の総売上額が集計される。キム氏は「今年はセウォル号の影響でお客さんがまったくなくて販売に興がわかなかった」と話した。

国税庁関係者は「キム氏は、直取引市場を通じて1,090万ウォン以上販売していれば付加価値税の納付が可能だ」として「しかし昨年より反応が良くないようだ」と話した。

今年、独島観光客は13万9,700人余りと集計された。これは昨年に比べて45.4%減少したものである。キム氏の今年の現場販売額も昨年5月の事業者登録後、同年12月までの販売額(1,000万ウォン)より300万ウォン減少した。国税庁は昨年12月に内部コンピュータ・ネットワーク直取引市場を開場した後、集中購買(1,128万ウォン)し、これによってキムさんの売り上げは2,128万ウォンになった。これを年間販売額として換算した結果、3,192万ウォンになり、簡易課税者(販売額2,400万ウォン以上~4,800万ウォン以下)として19万3,000ウォンの付加価値税を納付した。

キム氏は昨年5月に独島船着き場に独島愛カフェ記念品販売店を開き、国税庁に観光記念品小売業登録をした。付加価値税の簡易課税の申告・納付は来年1月に行う。(機械翻訳 若干修正)


(中央日報 2014/01/28)

  独島(ドクト、日本名・竹島)から初めて国税が納められた。政府樹立以後、初めてだ。国税庁は27日「独島住民のキム・ソンド氏(75)が、昨年の所得に対する付加価値税19万3000ウォン(約1万8280円)を申告・納付した」と明らかにした。キム氏は2009年3月「独島水産」という水産物卸売業を始めた。だが水産物卸売業は付加価値税が免除され、所得も免税店以下なので税金を出さなかった。そうしているうちに昨年5月「独島愛カフェ」という名前の観光記念品小売業に業種を変更して課税対象者となった。

 キム氏は独島の船着き場で観光客を対象に名刺ケースや両面鏡、ハンカチ、Tシャツ、スポーツタオルを売っている。昨年12月までに2128万ウォンを売り上げて簡易課税者として税金を納付することになった。ハン・ジェヨン国税庁付加価値税課長は「初めて課税権を行使したこと自体、独島が韓国の領土だという象徴的な意味を持つ」と話した。

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ティーシャツよりも竹島の石でも売った方が良いんじゃないのかな。


↓は読む必要はないと思いますが、キム夫妻が取り上げられた記事をいくつか


独島:島を守る住民たち、移住の歴史(上)(下)
(朝鮮日報 2008/07/30)

 東島と西島、そして周辺の数十の岩からなる独島(日本名竹島)。面積は18万7554平方メートル(5万6800坪)の寂しい地だが、韓国領土であるこの地を守るための努力は今も続いている。

 29日に慶尚北道鬱陵郡独島管理所が発表したところによると、今月15日に浦項海洋港湾庁独島航路表示管理所(灯台)職員のホ・ウォンシクさん(39)が、浦項市内にあった住所を「慶尚北道鬱陵郡鬱陵邑独島里30‐3番地」へと移したという。独島16人目の住民であり、東島唯一の住民となった。

 ホさんは「日本政府の妄言を聞いて頭にきた。自分だけでも独島を守りたいと思って住民登録を職場のある独島に移した」と語る。昨年3月に独島灯台の職員として赴任したホさんは、1年4カ月目となる現在、1カ月ごとに独島と浦項の自宅を行き来しながら勤務している。ホさんは「独島で働くようになって約2年になるが、住所も移したため今後も独島での勤務を希望したい」と述べた。

 韓国に住民登録制度が施行された1962年以降、独島を基盤として生活してきた「独島住民」は全部で16人。これまで死亡したり別の場所に住所を移したりして、現在はホさんを含め4人となっている。ホさんは独島里山30番地の東島に、独島里の里長を勤めるキム・ソンドさん(68)とキム・シンヨルさん(71)夫妻、詩人のピョン・ブギョンさん(52)は西島に住んでいる。

 最初に独島住民となったのは故チェ・ジョンドクさんだった。鬱陵島に住んでいたチェさんは、62年3月からイカ釣り漁船に乗って独島周辺を回っていたが、68年に西島でわき水を発見した。そこでチェさんはその地に家を建てて移り住むことを決心したという。同年、西島に一つの部屋と台所を作り、島の周辺にアワビの養殖場も設置した。まさに韓国版ロビンソン・クルーソーだ。

 独島生活13年目となる80年、日本が突然独島を自国領土だと主張し始めたことから、チェさんは「一人でもいいから大韓民国の住民が独島に住んでいるという証拠を残す必要がある」と考えて夫人のチョ・ガプスンさんとともに住民登録を申請し、81年10月14日に初の独島住民登録証の交付を受けた。しかし87年夏、チェさんは台風に見舞われて崩壊した家を修理するため、資材の購入に本土へと向かった際に脳梗塞(こうそく)で倒れて死亡した。

 チェさんが死亡した年にチェさんの末娘ギョンスクさん(44)と夫のチョ・ジュンギさん(47)、さらにその息子のガンヒョンさん(23)が独島に住所を移し、「独島住民第2号」となった。90年に生まれたギョンスクさんの娘ハンビョルさん(18)は出生地が独島となる唯一の人物だ。この家族は5年ほど独島に住んでから本土へと移った。

 京畿道竜仁市に住むギョンスクさんは最近、独島に父の記念碑を建てようと思い立った。「父の記念碑を通じ、わたしたちの先祖はずっと独島で生活してきたという事実を知らせたい」という内容をネット上に掲載し、文化財庁に申請も行った。慶尚北道は「文化財庁の承認さえ下りれば、行政でもあらゆる支援を行いたい」との立場だ。

 その後独島には鬱陵島の漁師だったチェ・ジョンチャンさん(71)夫妻をはじめとして、キム・ビョングォンさん、ファン・ソンウンさん、チョン・ソンボさんらが90年代初めに1年から3年ほど住民登録を移したという。91年に独島に移り住んだキム・ソンドさん夫妻と03年に移り住んだピョン・ブギョンさんは今も独島で生活しており、ホ・ウォンシクさんの前に灯台に勤務していたハ・インラクさん(53)も昨年6月から今年5月まで独島住民だった。

 一方、独島には87年11月に最初に戸籍を移したソン・ジェウクさん(67)をはじめとして、今年6月末までに2053人が戸籍を移した。

 独島の現在の公示地価総額はおよそ8億4800万ウォン(約9039万円)だ。


91年から竹島に住んでいるとしていますが、96年に出て、06年にまた戻ってきています。

 1万人の寄付金で建造された「独島号」を勝手に…
(中央日報 2011/04/16)

  独島(ドクト、日本名・竹島)に居住する唯一の民間人キム・ソンドさん(71)が市民の寄付金で準備された1.3トンの漁船「独島号」を処分していたことが分かった。 

  慶尚北道鬱陵邑(キョンサンブクド・ウルルンウプ)などによると、キムさんは昨年12月、「独島号」と漁業許可権を浦項(ポハン)のある漁民に約2000万ウォン(約150万円)で売却した。キムさんは「独島号」を処分した後、15馬力の小型モーターボートを約1000万ウォンで新しく購入したことが明らかになった。 

  「独島号」は、1996年の台風被害のため独島を引き払って鬱陵島(ウルルンド)に移ったキムさんが、生計手段の船がないため独島に再移住できずにいるということが伝えられた中、04年、女流詩人ピョン・ブギョン氏(56)ら市民およそ1万人が約2500万ウォンを寄付して建造した船。05年に「独島号」を譲り受けたキムさんは、06年、夫人と一緒に独島に再移住し、ワカメやカイ・タコなどを獲りながら暮らしてきた。 

  「独島号」を処分したことについて、キムさんは「波のため、私たち夫婦が陸に独島号を押し上げるのは大変だった。残念なことだが、小さな船に変えるしかなかった」と述べた。キムさんは「独島号に付着していた後援者の名前は保管している。処分して残ったお金も置いている」と説明した。 

  しかし「独島号」を準備したピョン氏は「独島号は単なる船ではなく独島友人化(ママ 有人化)の象徴」とし「寄付をした市民もキムさん個人に船を与えたのでなく独島に寄贈したもの」と述べた。ピョン氏は「必ず独島号を取り戻してまた独島に送る」と語った。


寄贈された船を僅か5年で勝手に売っちゃうところがさすがですね。

そして政府が建てたところに住んで、お金持ちからお小遣いをもらっているようですね。


 独島に4階建ての住民宿所が竣工…入居希望者多数
(中央日報 2011/08/05)

 独島(トクト)に新しい住民宿舎が建設された。慶尚北道(キョンサンブクド)と鬱陵郡(ウルルングン)は5日、独島西島で新宿舎の竣工式を行うと4日に明らかにした。

  住民宿舎建設は独島の実効的支配強化のための政府の28の措置のうちのひとつで、昨年4月に増改築工事が始まった。新しい住民宿舎は全体面積373平方メートル、高さ11.8メートルの4階建て規模。全体面積はこれまでの3倍以上になり、階数は2階から4階に増えた。

  独島住民のキム・ソンドさん夫妻は工事が終わった直後の6月10日に3階に入居した。また、東島独島警備隊で生活してきた鬱陵郡独島管理事務所職員2人も住民宿舎2階に事務室と宿舎を移した。(略)
 韓国の篤志家、独島に住む夫婦に毎月生活費支給へ
(中央日報 2011/08/25)

  忠清(チュンチョン)地域の代表的な建設企業である鶏龍(ケリョン)建設の李麟求(イ・イング)名誉会長(82)が、独島(トクト、日本名・竹島)住民のキム・ソンドさん(72)・キム・シニョルさん(74)夫婦に毎月生活費を提供することになった。李名誉会長は24日、「自ら率先して独島を守っているキムさん夫婦に敬意を表し、国民の一人として知らぬふりができず、何か助けになりたかった」と述べた。

  これに先立ち、李名誉会長は最近、慶尚北道鬱陵郡(キョンサンブクド・ウルルングン)の金陣営(キム・ジニョン)郡守権限代行に対してこのようなメッセージを込めた手紙を送った。李名誉会長は、来月から毎月生活費50万ウォン(約3万6000円)程度をキムさん夫婦に送る計画だ。

  キムさん夫婦の住民登録上の住所は、慶尚北道鬱陵郡独島里山(ドクトリ・サン)20番地(西島)だ。独島に初めて居住した崔鍾徳(チェ・ジョンドク、1987年逝去)さんとともに、70年代からこの場所でアワビなど水産物を採取しながら暮らしてきた。91年には住所を独島に移した。(略)


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