(東亜日報 韓国語 2014/12/04)

日本大使館、ホテルでパーティー予定

ソウルの真ん中で日王の生日(以下、誕生日)を祝う行事が開かれ、論議が予想される。

グランドハイアットソウルによれば、駐韓日本大使館は4日午後5時半から9時までソウル市龍山区のグランドハイアットソウルの1階グランドホールルームで『ナショナルデーレセプション(国慶日宴会)』という名称の行事を行う。『日王誕生記念日』は日本の祝日の一つである。アキヒト(明仁)日王の誕生日は12月23日だが日本大使館は事前に祝賀パーティーを開いてきた。グランドホールルームは立っている参席者まで含めば最大1,000人を収容することができる。
(「ナショナル・デー(National Day)」、「国家の日」:国にとって最も記念すべき日として定めた記念日。日本は「天皇誕生日」である12月23日ですがクリスマス・年末が間近のため各国大使・領事が11月下旬から12月上旬に任国の事情に合わせてレセプション日程を決めるようです)

過去、ソウル市内のホテルで日王誕生日祝賀パーティーが開かれるたびに論議が起きた。2010年12月6日にソウル市中区乙支路のロッテホテルで開かれた日王誕生日祝賀パーティーには、イ・ミョンバク前大統領の兄であるイ・サンドク前ハンナラ党議員(当時、韓日議員連盟会長)をはじめ、パク・ジョングン前ハンナラ党議員、キム・テファン前ハンナラ党議員が参加して非難された。パーティ会場の入口にはロッテ、LGなど各種大企業から送られた大型花輪が立てられて物議をかもした。日本大使館はこれまで韓国内の世論を考慮して記念行事を静かに開いてきた。

これに先立ち日本大使館は7月、同じホテルで自衛隊創設60周年記念式を行おうとしたが、世論の反発でロッテホテル側が行事の進行取り消しを通知すると、日本大使官邸で行事を行った。(機械翻訳 若干修正)

2013年:ロッテホテル
2012年:不明
2011年:ロッテホテル
2010年:ロッテホテル

行事前日に一方的にキャンセルされたら再び使うわけないですね。
2014年09月06日
夜か明日には↓のように「誰が出席した」とかの続報が出ると思います。
2013年12月06日
2011年12月06日
2010年12月08日


ちなみに韓国の「国家の日(ナショナルデー)」は、

『開天節』(10月03日):檀君が即位して檀君朝鮮を建国したことを記念し、天に感謝する日

で、毎年、東京の真ん中で祝賀行事を開いています。

【コラム】開天節の行事会場に集まっていた日本の要人、どこへ行ったのか
(中央日報 2014/10/20)

3日夕方、東京紀尾井町のニューオータニホテル宴会場「鶴の間」。

駐日韓国大使館が主催した開天節(建国記念日)の慶祝行事場所に取材車が入った瞬間、驚いた。あまりにも寒々としていたからだった。来場者の公式集計は990人。だが代理人を通じて名刺だけ渡した「挨拶の実績」を残して消えた人たちをのぞけば300~400人足らずのように見えた。その上、大部分は韓国側の人物だった。

民主党政権だった2010年、ニューオータニの行事は大変な賑わいだった。出席者があまりにも多く集まって前方に出て行くのが難しいほどだった。公式集計1300人余り。数字に水増しはなかった。格も違っていた。鳩山由紀夫・元首相、仙谷由人・官房長官ら政界の核心人物らがみな集まった。

2011年には玄葉光一郎・外相が参加した。「私は毎年映画を20本程度見ますが、そのうちの半分は韓国映画です。最近では特に『冬の小鳥』(韓国名『旅行者』)を見てとても感動しました」。なじみのうすい映画まで取り上げて「韓国礼賛論」を繰り広げる玄葉外相に、韓国側の出席者は歓呼した。

状況が変わり始めたのは2012年。当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト、日本名・竹島)訪問直後だった。出席人員は1000人余りに減った。挨拶の言葉に出たのは次官級の斎藤勁・官房副長官だった。

そして今年の行事。日本の外務省からは次官補級の杉山晋輔・外務審議官だけが顔を出した。首相官邸側からは全員参加しなかった。「慰安婦妄言」で有名な下村博文・文部科学相だけがしばらく顔を出して席をはずした。

日本側の乾杯の辞や挨拶の言葉も特になかった
。

最近5年間「官房長官→外相→官房副長官(次官級)→外務審議官(次官補級)」へと「格下げ」している出席者の変化は、韓日関係の現状を象徴している。今年の場合、韓国が招いた日本の人々の相当数が同じ時刻に東京広尾の在日ドイツ大使官邸で開かれたドイツ祝日行事側に集まったという。(ドイツのナショナルデー:10月03日。1990年10月3日のドイツ再統一を記念)(略)