(ニューシス 韓国語 2015/05/28)
ニューヨークの韓国人学父母(保護者)が、第2次大戦の加害者である日本人を被害者に変身させた『ヨーコの話』(原題 So Far from the Bamboo Grove)
』(邦題 竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記)の源泉封鎖に乗り出した。
シベリアで6年間服役した日本戦犯の娘ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ(81)が1986年にアメリカで発行した自伝的小説『ヨーコの話』は、第2次大戦直後、韓国に残っていた日本人たちが韓国人から性暴行や暴力を受けたように描写するなど、多くの部分が歴史的事実と異なる歪曲された内容になっている。
『ヨーコの話』が去る2006年、ニューヨークとマサチューセッツ一帯の公立学校で教材として採択されるなどアメリカの多くの小中学校で活用されているという事実が知られた後、アメリカの韓国人社会主導で全面的な退出運動が大きな成果を収めた。
しかし、最近、コネチカット州ニューヘイブン郡ウッドブリッジ所在のビーチロード公立小学校で社会科目の必読図書と指定されたし、著者であるヨーコ・カワシマが講演までしに行った事実が知らされて、韓国人社会を憤怒させている。
ニューヨーク韓人学父母協会(共同会長チェ・ユンヒ、ラ・ジョンミ)(Korean-American Parents Association of Greater New York (KAPANY) Choi Yoon-hee 、Rah Jung-mee)は26日、記者会見を行い、コネチカットの該当小学校と学区に『ヨーコの話』を教材リストから直ちに削除することを要求する抗議書簡を発送したと明らかにした。
チェ・ユンヒ会長は「ニューヨーク韓人学父母協会が『ヨーコの話』についての問題点を指摘した後、ニューヨーク市教育局が不適切な図書という結論を下しながら一線の校長にこの本を教材として使用しないことを薦めるなど、ニューヨーク市の公立学校からは完全退出した」としながら「ニューヨーク近隣のコネチカットで、8年が過ぎて再び教材として登場したのには日本の執拗なロビーが作用したと見られる」と分析した。
チェ会長は「去る2008年、日本文部省から始まった独島の日本領土宣言後、日本は執拗に教育現場に対する歴史歪曲をしている。このような試みがアメリカでは根付かせないように、教科書の東海併記を義務化し、『ヨーコの話』の教材採択事例をすべて探し出し、教育を通した歴史歪曲を元から封鎖する」と明らかにした。
『ヨーコの話』は、1945年7月、咸鏡北道羅南(清津市)に暮らしていた日帝高官の娘であるヨーコが母親、姉とともに韓国を抜けて日本に定着するまでの過程を扱っている。当時11歳であったヨーコは、列車に乗って元山の南まで来きたが爆撃で汽車が爆破され歩いてソウルに到着し、釜山を経て日本に行ったが、その過程で人々が無慈悲に死んで、強姦が強行されるのを目撃したと描写した。
しかし、歴史学者によれば、1945年7~8月にはアメリカ軍が北朝鮮地域を爆撃したことはなく、日本軍がまだ韓半島(朝鮮半島)全域を掌握しており、共産軍が昼間に日本人たちを追跡したとか、日本女性たちを強姦したという主張は説得力がないと指摘している。
『ヨーコの話』は去る2006年、ニューヨークのある私立学校の中学生であるホ・ボウさん(当時11歳)が「こうした誤った内容を持って授業を受けることはできない」として授業拒否をした事実が知られて公論化した。
ボストンで医師として活動するアグネス・アン博士とニューヨークのホ・ボウさんの母親スザンナ・パク氏など意のあるこれらが集まって『アジア歴史教育のための親の会』が作られ、その年の9月、反対運動が繰り広げられた。翌年にはニューヨーク韓人学父母協会が大々的なキャンペーンを繰り広げ、MS67中学校で10年の間、6年生の読み取り教材として使われた『ヨーコの話』を図書リストから退出させた。(機械翻訳 若干修正)
2007年01月11日
(朝鮮日報 2007/01/21) 米国に住むある韓国系の女子中学生が、「日本による植民地支配末期に韓国から日本へ避難する日本人女性・子供たちに韓国人が性的暴行を加えたとする、日本人作家の自伝的小説『ヨーコの話』を学ぶことはできない」とし、1週間登校を拒否した。 『ヨーコの話』は、日本による植民地支配末期の1945年7月、咸鏡北道に住んでいた鉄道会社員の娘「ヨーコ」が、母や姉と共に韓国から避難し日本に戻る過程で、日本人女性たちが無残に死んでいき、韓国人男性に強姦されるのを目撃したと記述した本で、米国の一部地域の学校で教材として採用されている。 米国生まれでニューヨーク近郊のある私立学校に通う7年生のホ・ボウンさん(米国名アレックス・ホ)=11=は、「韓国を侵略し多くの人を殺したのは日本人のほうなのに、この本の至る所で韓国人が日本人を暴行し、とても悪いことをしているように書かれている。ある一節を読み、涙がとめどなく流れそうになった」と語った。 ホさんは「私のクラスの友達がこの本を読んだら、私をからかい、悲しくなるのではないだろうか。私自身が心の平穏を感じ、思う存分意見を述べる場であるべき学校のクラスで、こうした扱いを受けることはあってはならないこと」と心配した。 ホさんは2004‐06年の夏に母親と共に韓国を訪れ、国立博物館などを見学し、日本が植民地統治などで韓国人に被害を与えたという歴史的事実をきちんと知っていた。 ところが韓国人のほうが日本人を脅かし、性的暴行を加えたという内容の本が昨年9月に英語の授業の教材として配られたことから、ホさんは先生に「私は家に帰る」と告げ、カバンを持って帰宅したという。ホさんはその後、この本を教材として授業が行われた1週間ほど登校を拒否し、学校側はついに『ヨーコの話』を教材として使わないことを決めた。 |
2007年01月11日
アメリカの学校の推薦図書に韓人保護者がファビョる!
↑の気違い少女がファビョる1年前に韓国で発売された時は、“良心派”の日本人が書いた本のように持ち上げていたのにね。
↑の気違い少女がファビョる1年前に韓国で発売された時は、“良心派”の日本人が書いた本のように持ち上げていたのにね。
| 日本少女がみた日帝崩壊風景 (文化日報 韓国語 2005/05/09) 『ヨーコの話』…植民政策批判など入れて 12歳の日本少女の目を通してみた、日本崩壊前後の風景を描き出した『ヨーコの話』が出版された。 この小説は、実際に日本政府の高官であった父親について咸鏡北道清津市の羅南に移住し、そこで幼い時期を送った著者のヨーコ・カワシマ・ワトキンズ(72)が、日本が戦争で崩壊する直前に、家族と共に日本に命をかけた脱出を敢行した自らの体験を込めた作品だ。 米軍の空襲で東京が灰になったという便りが伝えられた1945年7月、「ロシア軍が攻め込んでくる」という言葉にヨーコはお母さんとお姉さんと共にあたふたと荷造りをして羅南を離れる。 満州で公務員として働いている父親と、遠く離れた兵器廠で働いている兄は避難の道に合流できない。このように離れた彼女ら母娘の日本への旅程は、到底なんとも言えないほど険しい。いままで苦労知らずで甘えん坊に育った幼いヨーコの目の前に繰り広げられた光景は阿鼻叫喚と違うところがない。 日本人に対する無差別テロ、人民軍に殺されるところだったハラハラする状況、爆撃によるケガの苦痛と激しい飢え。だが、このように千辛万苦の末に到着した故郷日本の現実はより一層凄惨だ。 このように、この作品は今まで私たちが簡単に接することができなかった崩壊した日本人の心理と、その当時の風景を他の角度で見せてくれる。また、作品の中には日本の植民政策に対する批判と朝鮮人に対する愛情も入っている。例えば、ヨーコの兄が志願入隊の意思を明らかにすると彼の母親はこのように話す。「日本が戦争を起こそうと真珠湾を攻撃したのは一つもうまい仕業ではない。戦争は私たちが持っていたあらゆるものを奪っている。夫や息子を失うよりは、むしろ我が国が負けるのを見るほうがましだ」と。 作品の中で朝鮮人は、日本人たちに仕返ししようとする朝鮮人と、困難の中で助けの手を差しのべる朝鮮人という二つの顔で登場する。 作者の父親は朝鮮人に対する創氏改名は誤りだと公開的に批判して1942年に日本に召還されて獄中生活を送ったりもしたし、著者はアメリカに移住して現在もアメリカで生活している。 1986年、アメリカで発表された作品はその年、ニューヨークタイムズの今年の本に選ばれたし、アメリカの中学校教科課程必読書に選ばれているが、中国と日本で出版することは出来ない状態だ。 中国の場合、日本と敏感な政治・外交的問題がからまっているうえに、強い反日感情により政府が出版を禁止した。日本の出版社らは著者の母親が戦争を挑発した日本政府を強く批判したし、作品が日本の戦争蛮行を写実的に告発しているという理由で出版を避けているためだ。 このような事情のために著者は、自分の本が韓国で出版されるという事実に驚きと喜びを隠すことができなかったという。 そして彼女は、自分の作品を翻訳したユン・ヒョンジュ氏を通して「日本が過去に犯した誤りに対して日本政府は韓国と中国に必ず謝るべきで、歴史教科書をこれ以上、歪曲せずに日本の学生たちに真実をありのまま教えなければならない」という自分の意を韓国の読者らに必ず伝えてくれと頼んだという。(機械翻訳 若干修正) |
竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記![]() |
続・竹林はるか遠く―兄と姉とヨーコの戦後物語![]() |


