(聯合ニュース 韓国語 2015/06/26)
日本帝国主義の象徴である『旭日旗』を連想させるという指摘が提起されていた釜山市民公園の歴史館の天井が変わる。
釜山市民公園の歴史館は、この天井を改善することに決め、早ければ来る7月に関連する計画を確定すると26日、明らかにした。
ただし、既存の天井の模様はそのまま維持し、追加で別の施設などを設置するという立場を明らかにした。
釜山市関係者は「専門家の検討を経た結果、日本とは関連がないという結論を下したが、誤解の余地があると見て改善することにし、既存の原型はそのまま置く」と説明した。
釜山市は、このような内容を光復会などに伝えて同意を求めたことが分かった。
釜山市民公園の歴史館の天井の模様は、その真ん中の赤い丸から始まって、扇のように伸びた赤い線が表現されている。




このため、光復会などでこの天井の模様が旭日旗を連想させるとし、強く反発した。
当時、釜山市は「歴史館の建物は1949年に建てられた過去の米軍将校クラブで、当時の天井の模様をそのまま生かした」と説明した。
旭日旗との関連性については「米8軍のマークと星条旗の赤い線からアイデアを得て作ったもので、旭日旗とは関連がない」という立場を出していた。(機械翻訳 若干修正)
(釜山日報 韓国語 2015/06/26)
日帝戦犯旗である『旭日旗』を連想させるという論議に包まれた釜山市民公園の歴史館の天井の模様について、釜山市が旭日旗が思い浮かばないように天井の模様を変えることにした。
天井の模様の撤去を主張した光復会測も「旭日旗が思い浮かばないならば受け入れる」という立場を明らかにし、修正案で論議が終息するのか注目される。
天井の模様の撤去を主張した光復会測も「旭日旗が思い浮かばないならば受け入れる」という立場を明らかにし、修正案で論議が終息するのか注目される。
釜山市は釜山市民公園の歴史館の天井の模様を修正することにし、専門家との議論を経て、来る8月内に修正案を用意することにしたと25日、明らかにした。
釜山市民公園の歴史館の天井の模様が旭日旗と似ているという論議は、昨年、光復会釜山支部が問題を提起して大きくなった。光復会側は「赤い線が四方に広がる模様をしている天井は、日本軍国主義の象徴である旭日旗を連想させるにもかかわらず、堂々と市民に展示されている」として天井の模様の撤去を主張した。
論議が拡散すると、釜山市は去る1月末、釜山博物館で『旭日旗論議をどのように見るか』を置いて学界、市民団体関係者たちと討論会を開いた後、歴史館の建物は米軍が作ったもので日本と関連性がないだけに、近代の歴史的建物として保存しなければなければならないと明らかにした。
市は撤去を主張してきた光復会に「旭日旗と関連性はまったくない」として真っ向から対抗したが、最近、天井の模様を撤去はせず、旭日旗が連想されない方向で模様を変えることにで最終結論を下した。
釜山市関係者は「米8軍マークと星条旗の赤い線からアイデアを得たという当時の工事担当職員の証言などがあり、旭日旗と関連がないという立場は変わらない」としながらも「旭日旗を連想する世代と一部の市民の意向も取り入れるのが正しいとみて模様を変えることにした」と話した。
これに対して光復会釜山支部チョ・ヤンチェ事務局長は「撤去せずとも、一般市民が旭日旗と連想しないように模様を変えるならば受け入れる」と明らかにした。(機械翻訳 若干修正)
2014年05月21日
>歴史館の建物は1949年に建てられた過去の米軍将校クラブで、当時の天井の模様をそのまま生かした
>米8軍のマークと星条旗の赤い線からアイデアを得て作ったもの
>米8軍のマークと星条旗の赤い線からアイデアを得て作ったもの
【公園の推移】
日韓併合後、競馬場。
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第二次大戦時、日本軍訓練場。
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1944年6月、米第8軍編成。
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1944年6月、米第8軍編成。
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戦後、在韓米軍ハヤリア基地。
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1949年、該当建物が米軍の将校クラブとして建てられる。
↓ (※朝鮮戦争勃発にあたっては米軍の主力として投入(ウィキペディアより))
2006年8月、基地閉鎖。
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2014年5月、『釜山市民公園』開園
米第8軍(U.S. Eighth Army)のマーク

米第8軍(U.S. Eighth Army)のマーク



