(聯合ニュース 韓国語 2016/06/15)

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安山市檀園高等学校の在校生保護者が14日、セウォル号犠牲生徒たちが使用していた『記憶教室(存置教室)』移転作業が遅々と進まないとし、臨時校舎の用意を要求した。

遺族側の記憶教室移転案が当初の合意とは異なり、長い時間が必要とされると見て、学習権の保障次元で在校生が授業を受ける別の場所を学校の外に用意してほしいということがこれらの主張だ。

学校運営委員と保護者学年代表などを含む1~3年生の在校生保護者36人はこの日午後、檀園高で緊急臨時総会を開いてこのような要求を学校側に伝えることにした。

先月9日、7つの関連機関が記憶教室移転の合意案を導き出して劇的に和解した在校生保護者と遺族側が再び葛藤を再熱させる様相だ。

保護者はまた、記憶教室移転の議論は学校と教育庁、4・16家族協議会に任せてこれ以上関与しないことにした。

これらは「記憶教室が一時移転する安山市教育支援庁別館の工事が完了した14日を期して移転作業が進められると思っていたが、遺族が最近、学校に提示した記憶教室移転の最終案を見ると、時間だけ引っ張ろうとしているとしか見れない」と主張した。

遺族側が最大限に既存の教室を再現するとして、追慕文が書かれ、追慕の品が取り付けられた教室の窓枠や天井の石膏ボード、廊下壁面の消火栓などを原型そのまま移すというのは、時間と費用の面で不可能だというのが保護者の主張だ。

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保護者はタスクフォースを設けて具体的な後続対策を用意し、15日に檀園高に要求することにした。

これらは檀園高運営委員会が臨時校舎の用意の要求を受け入れなければ子供の登校拒否まで検討するという強硬な態度を見せている。

臨時校舎候補地には中小企業研修院などが議論されている。

保護者は近いうち記者会見を行い、このような立場を明らかにしてビラも作って配布することにした。

総会を進めた保護者は「総会に出席者が多くなかったが、今日導き出した意見は保護者が自発的に参加するのか判断して決めれば良い」と述べた。

先立って、先月9日、4・16家族協議会、京畿道教育庁、檀園高など7つの機関と団体は長い協議の末、4・16安全教育施設建設と追慕行事開催の支援、檀園高校内の記憶空間造成などの内容を盛り込んだ協約書に署名した。

当時、記憶教室は安山市教育支援庁別館に一時的に移転し、安全教育施設が完工したら再び移転することで意見を集約した。(機械翻訳 若干修正)


2週間前の記事ですが、相変わらず揉めていたんですね。

~1月
道側 :1月に犠牲生徒の『名誉卒業式』を行い、学校敷地隣に追悼館を建て『記憶教室』移転を遺族側に提案。
遺族側:移転も縮小も受け入れず。「教室が足りないなら新入生を受け入れるな」など主張。

2月
保護者側:今まで黙っていたが、『記憶教室』の移転を要求。新入生オリエンテーションを中止させる。
学校側 :校舎外にコンテナを置き校長室を移転するなど音楽室・コンピュータ室などを教室に改装。

2月28日  :韓国宗教家平和会議(キリスト教、仏教、儒教、円仏教、天道教、天主教、民族宗教の宗教団体の代表や実務者で構成)の仲裁で第1回目の協議。

5月09日午後:『記憶教室』の移転で合意して協約式(ただし期限は決めていない)。
5月09日夕方:犠牲生徒が学校年度末である2月29日に「除籍」されていたことを遺族が気づく。
5月09日夜 :数人の遺族が学校玄関前で座り込み開始。
5月10日  :遺族側の4・16家族協議会が『記憶教室』移転実施に関する議論中断を発表。
5月10日夕方:学校玄関前での座り込みに遺族がさらに集まる。
5月10日夜 :在校生保護者が学校で『記憶教室』移転問題などを議論。しびれを切らしたのか実力行使。在校生保護者が記憶教室に上がって机と椅子を運び出し、檀園高校の玄関で座り込みを行っていた遺族はこれを阻止しようとして小競り合いが起き、3人が軽傷を負って病院に搬送される。
5月12日  :代表団が会って協議。
5月14日  :学校玄関前での座り込みを中止。
5月15日  :再び『記憶教室』の移転で合意。

6月09日  :遺族側が『窓と窓枠、天井石膏ボード、教室ドア及び廊下構造物を分離して移送』の移転・再現保存計画書を提出。
6月15日  :↑の記事。


5月には「美しい合意」なんて報道されていたのにね。(長いです)

(聯合ニュース 韓国語 2016/05/15)

安山市檀園高等学校の『記憶教室(存置教室)』を置いて、ほぼ1年近く続いてきたセウォル号遺族と在校生保護者間の葛藤が美しい合意で終わった。

一時感情が激しくなって物理的衝突までもたらした双方は、檀園高在校生の学習権を保障しなければならないという大前提を前に置いて一歩ずつ退いて接点をみつけた。

これらは同じように、親たる心情で対話の紐を放さず接触を続けてきた結果、劇的な和解を成し遂げることができたと口をそろえる。

◇"名誉卒業式まで"…記憶教室を置いた論議の始まり

記憶教室は2014年4月16日のセウォル号惨事で犠牲になった檀園高2年生の生徒たちが使っていた教室10室をいう。

『追慕教室』、『存置教室』、『416教室』などとも呼ばれる記憶教室は、惨事の後、2年以上にわたり犠牲生徒たちが使っていた本・椅子や什器がそのまま保存された状態で、平日の放課後や週末に制限的に追慕客の訪問を許可してきた。生徒たちが勉強する学習空間でなく犠牲生徒たちを記憶して追慕する機能をしてきたわけだ。

惨事の後、潜在していた記憶教室論議は昨年中盤から本格的に始まった。

遺族は教室を保存して新しい教育の出発点とすべきと主張した一方、在校生保護者は勉学の雰囲気を害するという理由で教室を移転することを要求したためだ。

当初、イ・ジェジョン京畿道教育長は犠牲生徒たちが卒業する名誉卒業式(2016年1月)まで記憶教室を存続するという方針を提示したが、問題はそれからだった。

檀園高を建て増しして教室を保存しようという意見から追慕館を建設して教室を移転しようという意見まで相次ぐ中、教育当局次元の後続対策は用意されなかったのだ。

そのような中、時間が流れて記憶教室存続期限である卒業式が過ぎ、新入生が入ってくる入学式を目前に置いて葛藤が爆発した。

◇新入生の入学契機に葛藤増幅…宗教界出て仲裁

今年2月、檀園高の新入生オリエンテーション行事が開かれる予定だった安山市オリンピック記念館に在校生保護者が事前に入ってドアを閉ざして新入生の入場を防いだ。

保護者は入学式を控え、「教室を生徒たちに返してほしい」と集団の行動に出ながら登校拒否も辞さなかった。

当時、檀園高の教室は計40室で、記憶教室10室を除いた30室の教室では300人余りに達する新入生を受け入れることはできないはずであった。

檀園高は学校の外にコンテナを設置して校長室を移し、特別活動室をなくして教室を作るなどリフォーム工事をして新入生を受け入れた。

これを契機に記憶教室の問題が社会的問題として浮上し、宗教界まで葛藤を仲裁するために出てくることになった。

韓国宗教家平和会議(KCRP)の仲裁で65日間、9回にわたり開かれた協議会も簡単な過程ではなかった。

協議会主体の一つである保護者側は「これ以上議論できない」とし、去る3月の第5回協議会から出席を拒否し、セウォル号2周期を期して記憶教室の整理に出る計画を公開的に発表した。

ここに春学事が終われば(5月6日)教室のリフォーム工事に突入するという具体的な内容も盛り込まれて一時緊張感が高まった。

粘り強い協議の末、幸い去る9日、416家族協議会、京畿道教育庁、檀園高など7つの機関・団体が『4・16安全教育施設建設のための協約書』に署名し、記憶教室問題の社会的合意を成し遂げ、今回の葛藤も終止符を打つようだった。

◇犠牲生徒の除籍処理で座り込み・衝突…劇的和解で移転の結び目

終盤の変数はセウォル号犠牲生徒246人全員の除籍処理問題であった。

偶然にも9日午後の協約式が終わとすぐに檀園高がセウォル号犠牲生徒246人を全員除籍処理した事実が知らされた。

遺族は協約式当日から説明を要求しながら檀園高の玄関で座り込みを始め、翌晩、保護者は総会(高校地下1階)で対策を議論している途中に記憶教室(2階)に上がって両側が物理的衝突を起こした

両側はほぼ1年間、記憶教室を置いて対立してきながらも、体の小競合いは行ったことがなかったから、今回は戻ることはできない川を渡ったようだった。

しかし、遺族と保護者は代表団を設けて公式・非公式的に毎日のように会って絶えず対話した。

その結果、去る12日、安山市教育支援庁で両側代表団が会って面談を行って誤解を解き、会議内容を各自の構成員に知らせて説得した。

教室移転の“期限”を置いて、遺族側はセウォル号の引き揚げおよび未収集者の収拾後を、保護者側は春の短期休み最終日である15日を主張したが、一歩ずつ退いて教室が移転される安山市教育支援庁の工事完了時期である来月4日頃で接点を見つけた。

両側とも親の心情で、檀園高在校生の学習権を保障しなければならないという大前提に意を共にして合意を成し遂げたのだ。

葛藤過程で発生した過去の懸案についても互いに謝罪し、理解する姿を見せた。

遺族は問題を解いていく過程で止むを得ず座り込みをすることになった点について在校生に謝罪するとし、保護者は記憶教室の物品に対する権利は遺族の他、誰も手を付けることはできないと認めた。

京畿道教育庁は除籍処理されたセウォル号犠牲生徒246人を『除籍』状態から『在学』状態に学籍復元を完了した。

これにより、遺族は去る14日午前9時を期して檀園高玄関での座り込みを解いた。

両側は共同報道資料を通じて、「互いに誤解した点があったことを確認して誤解を解消した」とし「安山市教育庁の工事とともに教室移転の計画および準備を同時にすることができるように協議していくことにした」と明らかにした。

引き続き、「これからは互いに疎通して日程を議論し、信頼で解いていくための努力をすることで合意した」と付け加えた。(機械翻訳 若干修正) 


廃校遺産 the ruins of a school
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