(ソウル経済 韓国語 2017/03/27)
クォン・ホンウ論説委員
毎年この時期にはアメリカの首都で華やかな桜祭りが開かれる。1912年に日本が寄贈した桜を移植した日を記念する祭りである。アメリカ東北部の春を告げるこの祭りは、凧上げと爆竹、仮装行列など多彩な行事でも有名である。アメリカはもちろん、全世界から集まる観光客150万人が食べて寝て楽しむのに使うお金で地域経済もかなりの収入を上げる。いざ目が行く部分は別にある。詳しく見ると祭りの主人公がアメリカなのか日本なのか判断がつかないという点である。
アメリカ人夫婦が着物姿で祭り隊列で行進し、日本企業の看板が巧妙に配列されている。ますます祭りの内容もアメリカと日本の親善と友情を確かめる内容一色である。表面はアメリカ人の祭りだが、だまされて日本のような状況だ。アメリカ人はこの祭りを『ワシントン桜祭り』または『全米桜祭り(National Cherry Blossom Festival)』と呼ぶが、アメリカ版『さくらまつり』に近く見える。日本文化輸出の尖兵であるわけだ。
韓国人としてワシントン桜祭りのニュースに接するたびに複雑だ。同じ東洋圏の国であり、隣国である日本の文化商品がアメリカの首都でも通じることに満足しているが、桜には侵奪と歪曲、乱開発の跡が残っているためである。
まず、日本の桜がどのようにアメリカに行ったのかから見てみよう。始めは日本が好きなアメリカ女性の執念だった。桜をアメリカに移植した最初の主人公はエリザ・シドモア(Eliza Ruhamah Scidmore)。作家であり、写真家、ナショナルジオグラフィック協会初の女性会員である彼女は、29歳である1885年に日本を訪問して以来、桜の美しさと日本文化にすっかりはまった。
まず、日本の桜がどのようにアメリカに行ったのかから見てみよう。始めは日本が好きなアメリカ女性の執念だった。桜をアメリカに移植した最初の主人公はエリザ・シドモア(Eliza Ruhamah Scidmore)。作家であり、写真家、ナショナルジオグラフィック協会初の女性会員である彼女は、29歳である1885年に日本を訪問して以来、桜の美しさと日本文化にすっかりはまった。
帰国するやいなやシドモアは、アメリカの共有地に桜を植えようという運動を始めた。当初の計画は外れた。ワシントン特別行政区域の発足100周年を迎える1901年に桜を満開にするという試みは資金不足で実現しなかったが、彼女は粘り強く押し進めた。大規模な移植が実現した契機はお金持ちの植物学者であるデビッド・フェアチャイルド(David Grandison Fairchild)との出会い。電話発明家アレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell)の婿であるフェアチャイルドは、1906年から2年間に1,300本を輸入して大規模な移植の道を開いた。
シドモアはここで満足せず、令夫人であるヘレン・ハロン・タフト(Helen Herron Taft)(大統領夫人)に手紙を送った。ちょうど1907年に日本を訪問した令夫人も日本文化に好感を持っていたところだった。大統領ウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft)も同じだった。国務長官(陸軍長官の間違い?)在任時、日本とアメリカが韓国とフィリピンを分け合うという秘密合意であるカツラ・タフト密約(桂・タフト協定)(1905)の主人公であった大統領は、首都ワシントンの空地に桜を植えることに賛同した。
日本はこのような動向を察知して一歩はやく動いた。アメリカにプレゼントすると逆に提案したのである。
日本はこのような動向を察知して一歩はやく動いた。アメリカにプレゼントすると逆に提案したのである。
東京市長兼衆議院議員である尾崎行雄(41歳の1889年から死ぬ2年前である1952年まで25選を記録し、63年間、衆議員を務めた政治家。太平洋戦争敗戦後には『英語公用語論』を主張した人物だ)は、露日戦争で日本を助けたアメリカに報いるべきとして、1909年に桜2,000本を送った。尾崎が送った桜は翌年、大統領の命令で全量焼却された。アメリカ農務省の検疫の結果、害虫が発見されたためである。尾崎は日本で良い品種を選んで選り分け『ヨシノ品種』をはじめ、12種、3,020本を新たに選んだ。
1912年3月27日、アメリカ大統領令夫人と駐米日本大使夫人はワシントンのポトマックタイダルベイスン(Potomac Tidal Basin)の北側の丘に日本が再び送った桜のうち2本を植えた。日本は1913年から1920年まで1,800本をさらに贈った。日本産の桜がポトマックの川辺を白く彩るとワシントンの市民団体は1935年から祭りを行った。初年度に3日間行われた桜祭りの期間が最近は1か月間(2017年は3月15日~4月16日)続く。桜がどれほど市民の愛を受けたのか、1938年にジェファーソン記念館を建設するために桜を伐採するというニュースに地域の女性たちが木に鎖を巻いて反対デモに出たこともある。
ワシントン桜の危機もあった。日本の真珠湾奇襲3日後、アメリカ人は桜の木4本を斧で伐った。桜の木の名前も『日本桜』(Japanese Cherry Trees)から『東洋桜』(Oriental Cherry)に変わった。日本に対する敵愾心による桜の損傷を防ごうという意図からである。当時、アメリカに亡命中であったイ・スンマン(李承晩)博士(後の韓国初代大統領)が『日本桜』の代わりに『韓国桜』(Koeran Cherry Trees)に変えることを要請し、アメリカ内務省がこれを『コリアンチェリー』は難しいとして『オリエンタルチェリー』に変えたという主張が一部から出ている。英語圏の資料では根拠が多くなく、検証が必要な内容と見える。
戦争が終わって日本産の桜は名前を取り戻した。敗戦国日本がアメリカに爆撃で燃えた桜団地の復元に必要だとして種子の寄贈を要請したこともある。1948年からは桜祭りも再び開かれた。日本は戦後復興が終わった1965年に追加で3,800本の苗木をさらに送った。日本の企業家も桜通りを彩るのに力を加えた。石塔や日本式庭園をはじめとする各種付帯施設がワシントンはもちろん、アメリカの各地に日本企業の後援で建てられて管理されている。
韓国とワシントン桜の縁はまだある。時間が流れ、ワシントンに寄贈された日本産ヨシノ品種の原産地が済州産の王桜という分析が力を得ている。日本はこれを徹底して否定しているが、国内では定説として通じている。
さらに、尾崎行雄市長が2回目に船積みした3,020本は、済州島の山と野を暴いて抜いて行ったという根拠が希薄な主張まで出てきている。最近では、中国まで桜の原産地論争に割り込んだ。全世界の桜の80%以上の原産地が中国というものである。
さらに、尾崎行雄市長が2回目に船積みした3,020本は、済州島の山と野を暴いて抜いて行ったという根拠が希薄な主張まで出てきている。最近では、中国まで桜の原産地論争に割り込んだ。全世界の桜の80%以上の原産地が中国というものである。
桜は日本の軍国主義とも関連が深い。桜で韓国と日本の近現代史を照明した力作『桜の秘密』を書いたリュ・スンヨル世界日報論説委員によれば、桜は9世紀から日本と他の国との差別性を浮き彫りにする象徴として位置を確立した。18世紀半ばから後半に活動した日本の国学者・本居宣長はかつて「日本精神の光る本流である侍は桜のように散ること」と話した。近代化の波の中で桜は日本のアイデンティティを守る道具として、国粋主義と国王のための盲目的忠誠、はかない死を強要するイメージとして使われた。
リュ委員の著書『桜の秘密』には注目に値する内容が出ている。桜は韓国から解放直後にイ・スンマン大統領によって消えるようであった。イ大統領は親日派は重用しても『倭色(日本風)』に対する憎悪心で関連予算を完全に削除するなど桜の跡を消そうと努めた。
一方、パク・チョンヒ(朴正煕)大統領は違った。桜が好きで詩を作ったこともある。鎮海と国会議事堂周辺、全州-群山間の国道に桜が多く植えられた。リュ委員が入手した資料によれば、鎮海軍港祭を白く染める桜も日本がわざわざ精魂を込めて送ったものである。1966年から1980年まで在日同胞と日本中堅ジャーナリストと植物学者、観光会社幹部は、桜の苗木6万本余りを鎮海に寄贈した。国会を覆う桜も『韓日親善協会』が寄贈したものである。
桜は美しい。アメリカ人が惚れている。私たちと違うのだろうか。観光客はイ・スンシン(李舜臣)将軍の跡をたどることより桜祭りを楽しみに鎮海を訪れる。自然をもって桜が何の罪があるだろうか。しかし、桜をめぐる人間の歴史を軽く暴いて見ると、ひたすら惹かれるには苦い後味が残る。世界の中心、ワシントンを彩る桜の原産地が済州産の王桜なのかそうでないのか、万世一系という日本王の血統に韓国人の血が流れているという論題ぐらい無意味かもしれない。
重要なことは今後の歴史である。日本文化に心酔したアメリカ人、強者の歓心を得るための日本人の根気は過去完了型ではない。どういうわけなのか戦争で敵として戦ったアメリカと日本が最近緊密な協力を見せている。一方、ひまわりのようにひたすらアメリカだけに目を向けてきた韓国は冷や飯だ。
国論分裂と中国の反発による経済的打撃を押し切ってサード(THAAD・高高度ミサイル防衛体系)まで配備するというにもかかわらず、アメリカが見るに日本は同盟で韓国はパートナーに過ぎないという。アメリカ国務省は慰安婦を『葛藤を誘発する女性』(conflict women)と指し示して論議を呼んでいる。韓国はどこへ行っているのか。再び春なれど春でないようである。黄砂でぼやけた空の下、桜の勢いに乗ったつぼみまで無情な季節である。(機械翻訳 若干修正)
国論分裂と中国の反発による経済的打撃を押し切ってサード(THAAD・高高度ミサイル防衛体系)まで配備するというにもかかわらず、アメリカが見るに日本は同盟で韓国はパートナーに過ぎないという。アメリカ国務省は慰安婦を『葛藤を誘発する女性』(conflict women)と指し示して論議を呼んでいる。韓国はどこへ行っているのか。再び春なれど春でないようである。黄砂でぼやけた空の下、桜の勢いに乗ったつぼみまで無情な季節である。(機械翻訳 若干修正)
2017年01月19日

日本の桜ばかりちやほやされて悔しいニダ