(朝鮮日報 韓国語 2017/05/08)
キム・スヘ東京特派員
日本も3日から7日まで連休であった。その初日(3日)、安倍晋三総理が読売新聞との単独インタビューを通じて「2020年まで改憲を完了して自衛隊を合憲化する」と爆弾宣言をした。
直ちに日本政界とマスコミが蜂の巣をつついたようになった。安倍総理の発言は太平洋戦争後70年以上、一度も修正されなかった平和憲法を本人任期中に必ず改めるという宣言だ。その為に2021年まで執権して戦後最長寿総理になるという宣言でもある。
直ちに野党がいきりたった。朝日新聞と毎日新聞が安倍総理を辛らつに批判した。だが、それがすべてであった。以後、連休中、東京は空が真っ青で風がさわやかだった。遊びに出た日本人と世界各国の観光客が随所で込み合った。デモもロウソクデモもなかった。ひたすらご飯食べる席を得るのが並大抵のことではなかった。銀座、六本木、渋谷、自由が丘、二子多摩川…。元々有名な街でも、最近浮上した街でも、高い店も混雑し、安い店もにぎわった。デパートのレストラン街は正午に行けば20組、午後2時に行っても10組ぐらい待ってこそ席に着けた。路地の食堂もいっぱいであった。そば屋も餃子屋も、並ばないで食べることができる店は殆どなかった。何も手にしていない人より何か買ったショッピングバッグを一つ二つ椅子の下に置いていた人がはるかに多かった。特に銀座が活気に満ちていた。
3年前、東京で迎えた初めての5月連休時は、銀座でショッピングバッグたくさん持っている人は十に七八が中国人だった。今年は違った。相変らず中国語も聞こえ、韓国語も聞こえるが、歩いている人もショッピングをしてる人も日本人がはるかに多かった。連休直前、銀座にエルメスもうなるブランド240個を合わせた最高級ショッピングモールがオープンした。「話題にはなるだろうが、内需もまだあまり回復していないため、このような高いところは人だかりになることはないのでは」と思った。なんと連休中、一日10万人以上、ウォーターパークの波のプールのように人波が押し寄せた。ショッピングモール従業員が入口ごとに出てきて「いらっしゃいませ!」と「エスカレーターに二列で乗ってください」を繰り返した。
日本はのんきで活気に満ちていた。連休中、日本マスコミが安倍総理がどれほど緻密に計算して今回の発言をしたのか毎日詳細に報道したが、新聞・放送だけ騒がしく、世の中の関心は他の所に行ったようだった。
銀座通りの一方、誰も注目せず忙しく通り過ぎる掲示板にビラ2枚が貼られていた。1960~1970年代に極左テロ事件を多数起こして潜伏した『日本赤軍派』の指名手配者リスト、そして北朝鮮が連れて行った日本人拉致被害者リストだった。どこかに隠れて生きているならばすでに八十前後である赤軍派メンバーの白黒写真が『左・右があった日本の政治』の象徴ならば、北朝鮮拉致被害者の白黒写真は『安倍1強』時代の象徴だ。
安倍総理は中国と北朝鮮を掲げて「日本も強くならなければならない」と主張し、北朝鮮のために非常に不安になった日本国民は、安倍総理が憲法を変えると言っても連休中デモを一度もしなかった。日本列島は『失われた20年』がいつあったのかと思うほどに豊かで賑やかだった。安倍総理は残りの連休の間、東京を空けて個人別荘に行ってゴルフをしながら休んだ。(機械翻訳 若干修正)
キム・スへ(金秀恵)東京特派員の姿勢↓
キム・スへ(金秀恵)東京特派員の姿勢↓
2016年07月25日

騒いでいるのは憲法を改正されることになり日本の国防が充実すると都合の悪い連中だけである。