(聯合ニュース 韓国語 2018/01/15)
1867年の丙寅洋擾(対フランス戦)から辛未洋擾(対アメリカ戦)、甲申政変(金玉均らによるクーデター)、清日戦争、露日戦争を経て、1910年の庚戌国辱(日韓併合)まで西洋の新聞と雑誌に載せられた韓国関連の記事を集めた資料集が出版された。
国立中央博物館は、アメリカ、イギリス、フランスで大衆的な人気を享受した新聞と雑誌14種で韓国関連の記事75件を選んだ後、原文と翻訳文を入れた本『19世紀末~20世紀始め、西洋人が見た韓国』を出版したと15日、明らかにした。

▲フランス新聞『ル・プチ・パリジャン』(Le Petit Parisien)に載せられた朝鮮王と役人たちの絵。[国立中央博物館提供]

▲イギリス雑誌『ザ・グラフィック』(The Graphic)に載せられた1904年の朝鮮の姿。[国立中央博物館提供]
資料集には、韓国近代史の主な場面を西洋人の見解で記録した記事と旅行記が時間順で収録された。また、当時の状況を見せる写真と挿絵が忠実に載せられた。
記事の作成者が韓国を眺める視線は概して断片的で歪曲されている。
例えば、アメリカ週刊誌『ハーパーズ・ウィークリー』(Harper's Weekly)の1904年1月30日号の記事『極東地域の危機』(THE CRISIS IN THE FAR EAST-VIEWS AND EXPERIENCES IN KOREA)を見ると、高宗(朝鮮王国第26代王・大韓帝国初代皇帝)を戯画化したという感じを与える。
例えば、アメリカ週刊誌『ハーパーズ・ウィークリー』(Harper's Weekly)の1904年1月30日号の記事『極東地域の危機』(THE CRISIS IN THE FAR EAST-VIEWS AND EXPERIENCES IN KOREA)を見ると、高宗(朝鮮王国第26代王・大韓帝国初代皇帝)を戯画化したという感じを与える。
ヘレン・グレゴリーフレッシャー(Helen Gregory Flesher)はこの記事で、1890年に神貞王后が亡くなった際、高宗が弔問に来た中国使臣と経験した事件を書いた。
フレッシャーは、高宗が中国使臣を迎恩門(独立門)まで行って迎えたが、特別な宴会場で侍従たちにこれまでの慣例を破って自分に先に料理を待接する(もてなす)ようにとの指示を与えたと書いた。
フレッシャーは、しかし、中国使臣がこれを知った後、迅速で強硬に謝罪を要求すると、断固たる口調に驚いた高宗がすぐに服従したとし、〈高宗はこれまでの果敢さから退いて、屈辱的に、恐怖に震え、完璧な臆病者に変わってしまった〉と描写した。
1894年8月11日に発行されたイギリスの『ザ・イラストレイテド・ロンドンニュース』(The Illustrated London News)に掲載された記事『朝鮮スケッチ』(SKETCHES IN COREA)でも朝鮮を未開な地で見る西洋人の態度が確認される。
作成者は〈朝鮮人は温純で優しい。だが、非常に怠けている。この点で一時もじっとしていない日本人と勤勉な中国人とは非常に対照的だ〉とし〈朝鮮人は帽子が落ちないように口を開けて歩く習慣がある〉と書いた。
ソ・ユンヒ国立中央博物館学芸研究家は「西洋人の一部は、白衣、帽子、草葺家、オンドルのような韓国文化を自然に受け入れたが、大半は韓国文化を早急に改善すべき未開なものと認識した」とし「政治的には日本の侵略を幇助し、日本の支配が韓国のために良いと話したりもした」と批判した。
資料集は国立中央博物館のヌリチ(ホームページ)(www.museum.go.kr)で無料でダウンロードすることができる。分量は316ページ。(機械翻訳 若干修正)
(国立中央博物館 韓国語 2018/01/15) 国立中央博物館(管掌ペ・キドン)は『19世紀末~20世紀の始め、西洋人が見た韓国』 (国立中央博物館所蔵歴史資料叢書17)を発刊した。この資料集は、19世紀末~20世紀始め、イギリス、アメリカ、フランスで大衆的人気を享受した新聞と雑誌の韓国関連記事75件を選定し、原文と翻訳文を一緒に収録したものだ。大韓帝国版『おかえり韓国は初めてだろう?』と言える今回の資料集は、西洋世界に門戸を開放したて以降、韓国を初めて訪れた西洋人が韓国をどのように認識し、紹介したのか知ることが出来る。 資料集に収録された記事75件は『ザ・イラストレイテド・ロンドンニュース The Illustrated London News』、『ハーパーズ・ウィークリー Harper's Weekly』、『ル・プチ・パリジャン Le Petit Parisien』などイギリス、アメリカ、フランスの新聞と雑誌14種から選んで、丙寅洋擾、辛未洋擾、甲申政変、清日戦争、乙未事変、露日戦争、高宗と彼の廃位、軍隊解散。義兵抗争など当時の主な事件を小主題として分類して編集したものだ。 この資料集には、これまであまり知られていなかった新しい事実を知ることができる記事もある。特に1890年に神貞王后(趙大妃)の国喪に弔問に来た中国使臣を迎える際に起きた中国と朝鮮の外交的神経戦、1904年に日本が韓国侵略を目的に付設した鉄道工事を妨害したという名目で銃殺された義兵関連の写真と挿絵などは、今まで良く知られていなかったものだ。 収録された記事を見れば西洋人の見解も千差万別だ。特に白衣と韓服、キセル、帽子、草葺家、オンドルなど韓国人の日常的な暮らしの様子を非常にエキゾチックに眺めた。これを5千年の歴史を持つ韓国の固有の文化と認めて自然に受け入れる見解もあったが、多くの西洋人は自分たちの文化を優秀なもので、韓国の文化は早急に改善すべき未開なもの想定する文明論的な見解で眺めた。政治的には世界情勢の中で日本が韓国を支配するだろうと予想し、自分たちの利益のために日本の侵略を幇助しただけでなく、むしろその方が未開な韓国のためにはるかに良いとまで言った。 一方、資料集には記事よりも生き生きと当時の状況を伝える絵を最大限紹介した。19世紀末~20世紀始めは、新聞に収録された画像が絵から写真に移る時期であり、白黒写真を基に、より強烈なイメージを伝達する天然色の挿絵を作ることもした。このような写真と挿絵は事件の瞬間を捕らえ、現場性と事実性を高めるのに重要な役割をした。資料集に収録された挿絵と写真は、当時の私たちの歴史を生き生きとして豊富に見せる役割をするだろう。また、今回の資料集発刊を準備しながら、これまで出処が不明なまま使用されてきた挿絵や写真の出処を新たに知ることが出来るたし、その理由と脈絡もより明らかに知ることになった。 19世紀末~20世紀始め、西洋人が韓国に訪れた後に書いた著書が今までかなり翻訳されたが、新聞記事を時代別に、事件別に集めて完訳をして紹介する場合は殆どなかった。したがって今回の資料集は、当時の西洋人の韓国に対する認識を全体的に眺望できる機会を提供する。事実無根である記事も多いが、その記事の行間には今、私たちを顧みさせる文章も少なくない。 本資料集は国立中央博物館のヌリチ(ホームページ)http://www.museum.go.krの学術→歴史学→研究報告書でPDF形式でダウンロードできる。(機械翻訳 若干修正) |

いや、事実を書いただけだと思うが。
そうやって事実(真実)から目を背けているから、いつまで経っても先進国になれないし、ノーベル賞も取れないんだよ。
馬鹿め。