【こちら特報部】靖国神社参道で抗議活動 香港運動家ら拘束10カ月
(東京新聞 2019/09/24)

 靖国神社(東京都千代田区)の参道で、旧日本軍の戦争犯罪に抗議した香港の運動家ら二人の身柄拘束が、逮捕から十カ月も続いている。誰でも立ち入り可能な場所で抗議活動しただけなのに大罪のような扱い。面会した記者に拘置所生活のつらさを訴えた。検察は二人を建造物侵入罪で起訴し、懲役一年と同十月をそれぞれ求刑した。専門家は「微罪を思想犯弾圧の道具とする傾向が一層強まっている」と警告する。 (佐藤直子)

◇微罪で長期勾留、なぜ

 「私がなぜ靖国神社で抗議行動をしたのか。戦争中に日本軍が中国で何をしたのかを知っていたら、理由は理解してもらえると思う」。八月に東京拘置所で面会した郭紹傑(グオシウギ)被告(五五)はアクリル板越しにこう訴えた。昨年十二月に逮捕された。拘置所暮らしで少しやせたと言う。

 「香港のことばかり考えて夢にうなされる。屋上で体を動かす時間を与えられるがいつも一人、孤独だ」。

 郭被告の言葉は標準語の北京語ではなく、方言の広東語。「刑務官と意思疎通できない。独房の壁を見詰めてばかりいると苦しくなる」と表情をゆがめた。

◇参道立ち入りに「建造物侵入罪」

 郭被告は靖国神社で何をしたのか。

 昨年十二月十二日午前七時、外苑の神門と第二鳥居の間の参道に立ち「南京大虐殺を忘れるな 日本の虐殺の責任を追及する」と中国語で書いた横断幕を広げ、「打倒軍国主義」などとカメラの前で叫んだ。足元には「甲級(A級の意味)戦犯 東条英機」と書いた高さ三十センチほどの縦長の紙箱を置き、燃やした。

 翌十三日は、中国の人々にとって忘れられない日だ。八十一年前、一九三七年のこの日、旧日本軍は中国の当時の首都・南京を占領した。靖国神社で抗議するのは、A級戦犯とされたかつての戦争指導者たちが合祀(ごうし)されているからだ。

 香港で市民運動にかかわる郭被告は抗議の動画をネットで流すために十一日に来日。十二日に抗議行動し、靖国神社の警備員がその場で郭被告を取り押さえた。行動の動画は、同行した香港の民間ラジオ局「民間電台」の記者、厳敏華(インマンワ)被告(二七)が撮影して香港の仲問に送信した。

 この日から二人の身柄拘束が続き、二十六日に建造物侵入罪で起訴された。計七回の保釈請求は「決まった住所のない外国人で証拠を隠す恐れがある」などの理由で、いずれも認められなかった。

 弁護人の一瀬敬一郎弁護士は「二人は誰でも立ち入れる参道に立ち入っただけで、建造物に入ったわけではない。郭さんの行為は日本政府と靖国神社に抗議し、厳さんの行為は記者として取材報道するのが目的だった。正当な理由があった」と無罪を主張する。

 今年三月に始まった裁判では、公安事件として毎回厳重な警備が敷かれた。証拠調べが終わり、八月下旬の第七回公判で検察側が求刑した。郭被告は懲役一年、共犯とされた厳被告は同十月だった。

 その直後の同月、記者が東京拘置所で厳被告に面会した。

 「私は記者として二分間、カメラを回しただけ。懲役十月の求刑はショックだ」と語った。郭被告との共謀を否定し、「日本の自由と民主主義を信じたい」と話した。

 靖国神社の参道で不穏なことをした二人を批判する声はある。しかし郭被告がこのような抗議行動に出た背景もある。

 「中国各地から人が流入した香港は、戦争被害の記憶が幾重にも重なる土地柄。抗議にはやむにやまれぬ事情があった」。香港事情に詳しいジャーナリスト和仁廉夫(わにゆきお)さんが説明する。和仁さんは弁護側の証人にもなった。

 米国と開戦した日本が最初に占領したのが、イギリス領だった香港だ。一九四一年十二月二十五日から三年八カ月、軍政下に置いた。殺りくや略奪も多発したという。厳被告も、香港で暮らしていた祖母が日本兵にレイプされないよう、泥墨を顔に塗って男の子のように装い、難を逃れたという経験を聞いて育った。

 「七二年に日中の国交は正常化した。その後、日本社会は加害の歴史に目を背けてきた。最近はその傾向が強まっていると、謝罪も償いも受けられなかった人々に不満が高まっている」と和仁さんは語る。

 「近年、香港の日本総領事館が市民の抗議行動を受け付けなくなったことも影響している。靖国神社はアジアの人々にとって先の戦争の象徴だから、日本社会が戦争責任に向き合わない限り、同様の抗議は繰り返されるだろう」

◇市民運動弾圧のにおい 検察裁量で刑罰適用拡大?

 さらに二人の裁判には大きな疑問がある。建造物侵入罪というが、そもそも「建造物」に侵入したのかどうかだ。

 この罪は刑法一三〇条にあり、三年以下の懲役または十万円以下の罰金が料せられる。建造物といえば普通、建物をイメージするだろう。しかし、抗議活動をしたのは建物外の外苑の参道。屋外で道路から簡単に入れる場所だった。

 検察側は判例を引用しながら「参道のように建造物に付随して鉄柵などで囲まれた場所は、建造物と同等に平穏が守られるべきだ」と主張する。参道は観光客らも通るが、靖国神社側は「参拝目的の以外の立ち入りを認めておらず、観光客は黙認しているだけ」という趣旨の証言をしている。

 立命館大学法科大学院の松宮孝明教授(刑法)は検察側の解釈に疑問を持つ。

 「建造物内部に侵入したのと同じ程度に建物内の平穏が乱されたのでなければ、建造物侵入罪を適用すべきではない」。そして「建造物侵入を唯一の罪として、検察官の裁量で適用が拡大されるなら、市民運動の弾圧にも使える」と問題点を指摘する。

◇「立川テント村事件」「政党ビラ事件」

 すでに弾圧のにおいがする事件も起きている。

 一つは「立川テント村事件」。東京・立川の自衛隊官舎の集合ポストに反戦ビラを投函(とうかん)した市民グループの三人が住居侵入罪に問われた。もう一つが「政党ビラ事件」。こちらは、葛飾区のマンションのドアポストに日本共産党の議会報告ビラなどを入れていた男性が同罪に問われた。いずれも二〇〇四年に起きた。

 松宮氏は「立川の事件では日中に平穏のうちに行われたビラまきが住居侵入だとして逮捕され、長期間、拘束された。住居でも建物でも、付随した土地での管理者の意に反する行動はすべて侵入罪に問われかねない。特に政治色を帯びた活動が狙われ、思想弾圧の道具にも使われるようになる」と批判する。

◇「ここまで取り締まる」先例づくりか

 さらに松宮氏は香港の二人の勾留が長期に及んでいることにも疑問の目を向ける。

 「建造物侵入しか罪状がなくても、ここまで取り締まれるという先例をつくるための裁判ではないか」

 「日本の市民社会を萎縮させる可能性を持つ、大変危険な裁判だ」。松宮氏はこう警告し、十月十日に東京地裁で言い渡される予定の判決を見守っている。

〈デスクメモ〉
 二人とも市民活動に絡んで香港で拘束されたことがある。「処遇は日本の方がまし」というが、香港では一泊二日から長くて数日。求刑すら十月なのに、日本での身柄拘束は間もなく十カ月に達する。何かおかしくないか。「人質司法」という言葉すら生易しい異様さを感じる。(裕)2019・9・24

tokyo20190924


まだいたんですね。

2018年12月12日