[日韓の現場]宣伝戦<5> 司法 法より世論迎合 歴史問題 蒸し返しの素地
(読売新聞 2019/12/07)

〇裁判に望み

 車いすで法廷に入った韓国人元慰安婦の李容珠(イヨンス)さん(90)は、代理人の弁護士に発言を促されると突然床に崩れ落ち、こう叫んだ。

 「日本政府はなぜ裁判に出てこないんだ。裁判長、我々を助けてください」

 11月13日のソウル中央地裁。元慰安婦らが日本政府に賠償を求めた訴訟の、第1回口頭弁論の一幕だ。

 被告とされた日本政府は欠席した。主権国家は他国の裁判権に服さないという国際法止の「主権免除」の原則から、訴えは却下されるべきだと考えるからだ。裁判長もこの日、主権免除原則の存在を原告に告げたため、原告勝訴は難しいとの見方は韓国内でも多い。

 そもそも、日韓間の賠償問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に解決された」と確認された。

 それでも原告らが裁判に望みを懸けるのには、理由がある。請求権協定で解決した問題が、判決で蒸し返された経緯があるからだ。

 87年の民主化で、韓国の裁判所は軍事独裁政権への反省から、法律や政府の措置の違憲性を積極的に判断する「司法積極主義」の傾向を強めた。憲法裁判所が設置され、軍事政権が制定した法令を違憲だとする判決を相次いで出した。

〇「人道的判決」

 左派の盧武鉉(ノムヒョン)政権(2003~08年)が歴史問題を外交問題化し、反日世論が高まると、「司法積極主義」は日韓関係にも向けられる。

 憲法裁判所は11年8月、慰安婦問題について、韓国政府が日本との協議で問題解決の努力をしないのは違憲だと判断した。

 翌12年5月には、元徴用工が戦時中に動員されて働かされたとして日本企業を訴えた裁判で大法院(最高裁)は元徴用工の請求権を認めた。差し戻し審の後、昨年10月の大法院判決で、日本企業への賠償命令が確定した。

 大法院は、日本が請求権協定の締結過程で「植民地支配の不法性」を認めなかったため、徴用工問題が協定で解決されたとみるのは難しいと主張した。背景には軍事独裁の朴正煕(パクチョンヒ)政権が「植民地支配の不法性」を日本に認めさせなかったのは不当だとして、是正すべきだとの理屈がある。

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 大法院判決後、ほかの元徴用工らも相次いで、日本企業に賠償を求める訴訟を起こした。

 韓国司法に詳しい創価大の尹龍澤教授(行政法)は、「大法院と憲法裁が『人道的な判決』を競い合っている。既存の法体系の論理を超えた判断が下されがちだ」と指摘する。韓国内でも、「まるで憲法の上に『国民情緒法』なるものがあるかのようだ」との批判がある。世論への迎合が、法より優先しているというわけだ。ここに、韓国による歴史問題蒸し返しの素地がある。

〇強硬姿勢

 韓国政府は判決に後押しされるように、日本への強硬姿勢を強めた。

 慰安婦を巡る11年の憲法裁決定後、当時の李明博(イミョンバク)大統領は慰安婦問題での抗議として竹島上陸を強行し、後継の朴槿恵(パククネ)大統領も元慰安婦への賠償や謝罪を日本に求めた。

 徴用工を巡る昨年の大法院判決後、文在寅(ムンジェイン)政権は「判決を尊重する」と繰り返している。

 日本政府は、判決は請求権協定違反だと反発し、日本企業に被害が及ばないような対策を韓国に求めている。だが、日本が協定に基づく仲裁開始などを求めても、韓国は応じなかった。

 国家が合意に基づく条約を守ることは、国際社会の安定の大前提だ。日本は「国と国との関係の根本に関わる約束をまずはきちんと守ってほしい」(安倍首相)と求めているが、韓国とは平行線をたどっている。

 韓国はこれまで、慰安婦や日本海呼称、旭日旗の問題などで一方的主張を喧伝し、国際社会への浸透を図ってきた。

 しかし、請求権協定は、戦後の日韓関係の基礎となる国際条約だ。韓国の主張が国際社会にまかり通り、解釈がねじ曲げられるような事態になれば、日韓関係は根底から揺らぐことになる。(おわり)

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