(日本経済新聞 2020/3/11)

編集委員 中沢克二

中国から拡散された新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的な大流行)の脅威が現実化する今、極めて奇妙な「政治運動」が始まろうとしていた。舞台は10日、国家主席の習近平(シー・ジンピン)が封鎖措置の後、初めて現地入りした湖北省武漢市。これに先立ち市トップの王忠林は6日、地元幹部らを前にこう訴えた。

「習近平(共産党)総書記に感謝し、共産党に感謝する教育を(武漢)市民に展開すべきだ」。いわゆる「感恩教育」の突然の提唱は、数日後に迫っていた習近平の武漢視察に備えた雰囲気づくり、地ならしだった。だが、武漢の実情を無視した上からの運動が市民に伝わると、直後から交流サイト上では大反発が巻き起こった。

「まだ戦いの最中だ」「日々、人が死んでいる」「食品は値上がりするばかり」。監視当局が削除しきれない大量の書き込みだった。感恩教育を強行すれば批判の矛先が直接、習近平に向かう。おののく王忠林は運動を封印し、武漢市民の貢献に謝意を表す方向に舵(かじ)を切る安全運転に切り替えた。

王忠林は2月、初動失敗の責任から解任された前トップに代わって赴任。国家主席、習近平の肝煎り人事だった。その忠誠心は時に過度の忖度(そんたく)につながる。習近平の権威を高めようとする無理な政治運動は、1100万人の武漢市民の感情を逆なでした。

■「嘘だ」と叫ぶ動画、引責辞任求める女性作家

まだ現地事情に疎い王忠林が突然、口にした感恩教育が「秒殺」された裏には、武漢市民が抱える心の闇がある。湖北省内だけで3000人を超えた犠牲者。その大部分は武漢市で、一家全滅という悲惨な例も多い。ここには相当の覚悟で真実を赤裸々に語る人々が存在する。

代表例は武漢在住の著名な女性作家、方方(本名・汪芳、64)の「封城日記」。1月23日の武漢封鎖からの様子が日々、中国の交流サイト上にアップされている。

10日の現地時間深夜0時頃、更新されたブログの題名は「引責辞任は、まず(武漢)中心医院の書記と院長から始めよ」。武漢中心医院は、英雄視される若き眼科医、李文亮の勤務先だった。彼は昨年12月末段階で武漢から真実を発信したために処分を受け、最後は自らも感染して亡くなった。ちなみに李文亮と方方は名門、武漢大学の同窓である。

9日、痛ましいことにまた中心医院の眼科医が息を引き取った。李文亮を含め4人もの医師の死。うち3人が眼科医である。重症者名簿にはなお他の医師の名もあるという。

「湖北と武漢の役人の引責辞任は中心医院から始めなさい。あなた方(書記や院長)がいなくても戦いは続く。誰も困らない」。方方は怒りを込めて幹部辞任による贖罪(しょくざい)を勧めている。まるで「言論の自由」が保障された米欧社会の主要紙が掲げる社説のような果敢さだ。

かつて方方がアップした「我々の涙はまだ止まっていない」と題したブログでは、武漢が今の惨状に至った責任追及の言葉が並ぶ。「反体制」につながる共産党・政府への直接批判というより、市民の代理人として不満を官僚らにぶつける。時にはその率直さゆえ監視当局による削除対象になる。このため日々の更新直後を狙う真夜中の夜更かし読者が激増し、累計閲覧者は1億人と噂される。

李文亮事件は言論の自由の貴重さを痛感させた。だが、事態は改善していない。それでも武漢市民に負い目のある政府は、市民の声を代弁する方方のブログまで完全閉鎖する勇気はない。わずかに残されたのが真夜中の削除前の表現空間。そこから武漢の闇をのぞき見ることができる。

「感恩教育」事件と同じ頃、武漢の街中では別の騒動が起きていた。屋内に閉じこもっている市民らが、集合住宅群の下を連なって歩く中央指導者らに向けて決死の覚悟で叫んだのだ。「嘘だ。そんなのは全部嘘だ」「それは形式主義だ」「我々は高い食料を買わされている……」

中国メディアによると、武漢の住宅地を視察していたのは、共産党政治局委員で副首相の孫春蘭が率いる中央指導チーム。集合住宅の管理担当者らは視察前に敷地を清掃し、食料が住民にきちんと届けられているように装う隠蔽工作に走った。住民らはこの「嘘」に反発したのである。

奇妙なのは拡散された問題の動画の一部が削除されなかった点だ。中央の監視当局はネット上の罵詈(ばり)雑言からいまだ正常化が見通せない湖北省と武漢市の人々が強い不満を抱いていることを察知。ここは無理に削除せず、逆に統治の安定化に利用する方向に転換した。北京の中央政府も現地に本格調査を要求。「形式主義があり、我々の仕事に至らない部分もあった」と認めざるをえなかった。

■世界に感謝求める奇異さ

「武漢市民は『嘘だ』と叫ぶことで、上辺だけ取り繕う現場の役人らへの不満を中央に訴えた。中央の権威にすがって助けを求める直訴行為だから許される。むしろ中央主導の統治にとって有用なため動画は削除されなかった」。これはベテラン共産党員の分析である。武漢市民の怒りが爆発しないよう慎重にことを運ぶ綱渡りの世論操作術だ。

この少し前、中国全土で別の問題が持ち上がっていた。習近平指導部のウイルスとの戦いの偉大な成果を訴える書籍「大国戦『疫』」の緊急出版である。国営中央テレビによると、「大国の領袖」である習近平の戦略的な先見性と卓越した指導力をアピールする内容だという。

ところが、こちらも「事態が収束していないのに手放しで礼賛するのはおかしい」という非難の声が全国から殺到。発売から数日で書店店頭から撤去される異例の事態になった。

強引な宣伝は共産党が仕切る中国内でだけでしか通用しない。だが、今回はこれが海外にも向けられた。3月上旬、国営通信の新華社は「世界は中国に感謝すべきだ」という趣旨の論評を大々的に発した。「中国は巨大な犠牲を払って世界が対ウイルス戦の準備を整える時間を稼いだ」と世界への貢献をアピールしている。

おかしい。病疫の恐ろしい実態が中国で隠蔽されている間にウイルスは何も知らぬ中国人旅行者らによって世界に拡散された。それが事実である。しかも中国の論理はまさに武漢市民に対して習近平に感謝するよう求める「感恩教育」運動の考え方だ。世界は共産党が仕切る中国の国内とは異なる。武漢市民でさえ受け入れを拒んだ習近平への過度の忖度を外の世界に要求するのは無理がある。

しかも今、世界は苦しんでいる。中国から世界に拡散されたウイルスがアジア、中東、欧州、米国の公衆衛生を危機に陥れ、多数の死者が出ている。イタリアは全国的な移動制限に踏み切り、9日の米国株は過去最大の2000ドル超の下げに。ここに至っては世界恐慌を連想する向きもある。

それにもかかわらず「中国への感謝」を強要するのか。これでは逆に「むしろ中国の方が謝るべきだ」という世界的な世論を喚起しかねない。極めて危険である。もし中国の貢献を世界が本当に認めれば、無言でも自然に評価が高まるはずだ。

■武漢入りは人民戦争勝利への条件

世界に対する感謝要求は、中国の庶民感覚からも大きくずれている。今、中国と外国の親しい友人の間では様々な手段で温かい会話が交わされているのだ。

「我々中国のことをご心配いただき、物資まで援助してもらったのに、我が国のウイルスをあなた方の国や世界各国に送ってしまい大変な事態を招いた。本当に申し訳ありません」

「いやいや、油断していたのが悪かったのです。あなた方のせいではありません。とにかく今できる手段を尽くしてお互いに気をつけましょう」

政治と距離を置いてこそ育まれるこうした交流を国家の側が邪魔すべきでない。

それでも中国の共産党・政府が無理をする理由は何か。答えは簡単だ。習近平指導部は今、統治上の危機に見舞われている。それは外からは見えにくい。一見、ウイルス流行のピークを越えて落ち着きを取り戻したように思えるが、政治的、歴史的な評価はこれからが正念場である。

中国は初期対応の大きなミスで多大な犠牲者を出し、経済的にも大打撃を受けた。普通なら誰かが責任をとらなければいけない。だからこそ習近平は「ウイルスとの人民戦争に勝利した」という確かな証文がほしい。その前提条件が自らの武漢入りだった。そして世界にも貢献を認めてもらいたい。

湖北省3000人の命の重みと釣り合う誰もが認める成果。それは共産党内で権力を固めた「一強」の習近平でも簡単には手に入らない。首相の李克強(リー・クォーチャン)に遅れること1カ月半、ようやく武漢入りした習近平は、心に闇を抱えた武漢の庶民の視線をどう感じたのか。(敬称略)


習指導部は焦っているようですね。