(THE FACT 韓国語 2020/08/16)
○国立日帝強制動員歴史館に位牌815位奉安…遺族、「安倍謝罪で被害者の恨をはらさなければ」
「日本に強制徴用された被害者の姿がとてもこざっぱりしていると思う。人知れぬ内部事情があるのでしょうか?」
15日午後1時頃、釜山市南区にある国立日帝強制動員歴史館[2015年12月10日、開館]5階の『記憶の場』の入口横の壁面に埋めつくされた『日本強制徴用被害者』の写真を見た多くの訪問客は、このような疑問を抱く。

▲光復節である15日午後1時頃、釜山市南区にある国立日帝強制動員歴史館5階の記憶の場の入口横の壁面に掛けられている日本強制徴用被害者の写真
写真からは一様に強制徴用当時の残酷な姿は見当たらない。こざっぱりとした身なりにタバコを口にくわえている写真を見ると、かえって強制徴用被害者の余裕が感じられるほどだ。

▲国立日帝強制動員歴史館5階の『記憶の場』の入口横の壁面を埋めつくしている『日本強制徴用被害者』の写真
記憶の場に入っても事情は似ていた。被害者の名前が書かれた位牌がぎっしりと並べられており、強制徴用当時の被害者の写真が壁を囲んでいる。ここの写真も強制徴用被害者のみじめな姿を見ることはできなかった。
記憶の場は、日本の国家総動員法で強制動員された犠牲者の魂を慰霊するために6月に造成された。
記憶の場は、日本の国家総動員法で強制動員された犠牲者の魂を慰霊するために6月に造成された。

▲国立日帝強制動員歴史館5階、記憶の場の入口横の壁面の姿
歴史館関係者は「日本強制徴用当時、被害者がよく適応しているような姿を見せるために人為的に撮影したもの」としながら「家族に送る写真なので、心配をさせたくない被害者が、苦しくて大変な姿を隠すために演出したもの」と説明した。
当時の強制徴用被害者の生々しい話を聞くために遺族に接触した。
日帝強制徴用被害者遺族キム・スンシム氏(60代半ば)は『ザ・ファクト』との電話インタビューで「10年前にこの世を去った父を思うとこみあげてくる。苦労だけで命を終えられた」とし「ある日、慶南南海にある後方の山で燃料を求めて帰る途中、巡査に捕えられて日本に強制徴用された」と話し始めた。
引き続き「当時、田舎の青年30人余りがみな捕えられた。日本で作業をし、幼い年齢という理由で小金を受けた。幸い2年もしないうちに日本で訃告を受けて再び故郷に戻った」とし「さほど経過せず令状が出て、直ちに軍隊に入隊をした。その後、6・25戦争[朝鮮戦争]に参戦して負傷して依家事除隊をした」と話した。
キム氏は「父が強制徴用された当時の資料はない」とし「父は日本の強制徴用に続き6・25参戦まで経験して、トラウマによってすべての写真など資料を燃やした。当時の記憶を消したがっていたと説明した。
彼は「日本の安倍が謝罪をし、遺族または生存している被害者の恨[ハン]をはらせるように政府がより積極的に出ることを望む」と強調した。
日本強制徴用被害者は、日本本土はもちろん、サハリン、中国、フィリピン、東アジア各地に連れて行かれて戦争物資を生産するなど、強制労働搾取にあったり、解放後も帰ってこられない朝鮮人だ。これらは何と782万人余りと推定され、1942年基準、朝鮮総督府統計年譜に記録された当時の朝鮮の人口が2600万人余りであることを勘案すれば、約4人に1人の割合で強制動員されたわけだ。


ご苦労様です。
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