(毎日経済 韓国語 2020/09/05)

シン・ユンジェ記者

先月28日、安倍晋三日本総理の急な退陣発表は世間の多くの注目を浴びました。退陣発表の何日か前、毎日新聞など日本メディアは安倍総理の健康問題について他国より特に韓国で関心が高いと報道したりもしました。韓国で安倍総理に対する注目度が高い理由は日本という国自体に対する関心もあるでしょうが、歴史修正主義、輸出規制など安倍総理が見せてきた対韓敵対の歩みが大きな要因になったと見られます。

たとえ総理職から退くことになったが、政治家安倍の影響力が大きく減るものと見ることは難しいです。彼は依然として議員として政治活動を継続するだけでなく、有力後任者である菅義偉官房長官は“安倍の腹心”と呼ばれ、安倍政権政策を継承すると公言した状態であるためです。また、去る6回の総選挙で安倍総理の公認を受けた自民党議員は彼の影響力から自由ではありません。

実は安倍総理は渡来人、すなわち韓半島[朝鮮半島]から日本列島に移住した一族の後裔として知られています。彼の思想と歴史観、政治人生の全般にわたって多大な影響を及ぼした人物と常に言及される外祖父[母方の祖父]岸信介だけでなく、親祖父[父方の祖父]安倍寛も渡来人と推定されています。他の見方をすれば、安倍総理は血縁的には日本有力政治家たちの中で最も韓国と縁が深いのかも知れないです。しかし、残念ながら彼は歴代日本総理うち最も反韓的な姿を見せました。

◇外従祖父佐藤栄作「私たちは朝鮮から来た」

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▲A級戦犯容疑者であった岸信介(左)元総理と安倍以前まで戦後最長寿総理記録を保有した佐藤栄作。実の兄弟だが信介が岸家に養子へ行って姓が変わった/写真=朝日新聞

世襲政治一族である安倍家の地方区であり政治的故郷である山口県は、歴史的に韓半島と人的・物的交流が活発だった所です。安倍総理の外従祖父[大叔父]佐藤栄作元総理(岸信介の実弟)は安倍総理が最長執権期間を更新するまで歴代最長寿総理でした。佐藤元総理は他界する1年前である1974年、壬辰倭乱[文禄・慶長の役]の時に捕らえられて来て日本陶磁器産業を発展させた朝鮮人のひとりである沈壽官の子孫を訪ねます。そして「私たちの一族も壬辰倭乱後に朝鮮から渡ってきた」と告白し、黙而識之(話さなくても皆知って通じる)という揮毫を残します。

半島出身に対する差別が厳然と存在する状況で、有力政治家である彼が後日の暴風を顧みず事実を告白することは難しかったでしょう。しかし、自分と違ってルーツを堂々と明かしてきた沈壽官の姿に、佐藤元総理は晩年になって事実を打ち明けたようです。2006年に『週刊朝日』は安倍家で40年間余り留まって安倍兄弟を育てた久保ウメという女性が、安倍総理の父晋太郎が時々家で「私は朝鮮人だ」と言ったと証言した記事を報道したこともあります。ルーツを韓半島に持つ佐藤一族の一員である安倍晋三総理には結局、朝鮮人の血が流れているわけです。

◇平和主義者の祖父・父の代わりに外祖父追従

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▲安倍寛は50歳
[51歳]で短命であったが、日帝軍国主義に対抗した(左)/安倍晋太郎は自民党所属の保守主義者であったが反戦・平和憲法擁護論者であった(右)

安倍総理は2013年、アメリカのシンクタンクハドソン研究所を訪問した席で「日本右翼軍国主義者と呼びたければ呼べ」と話しました。このように戦後総理のうち最も右翼的な歩みを見せた安倍総理だが、彼の祖父と父は平和主義者でした。祖父安倍寛は日本軍国主義に始終一貫して反戦と平和主義で対抗した反骨政治家で、東条英機内閣の退陣を強力に主張した人物です。

安倍総理の父安倍晋太郎も反戦主義者であり在日朝鮮人と親交が厚い親韓派政治家でした。彼を記憶する人達は、父を非常に尊敬した彼は「岸の婿」と呼ばれることを嫌い、「私は岸の婿でなく安倍寛の息子だ」と強調したりしたと証言します。晋太郎は保守政党である自民党議員だったが、政治的均衡感覚が卓越した平和憲法擁護論者でした。1980年、選挙直前に死亡した大平正芳元総理は、病床で最側近に「晋太郎の均衡感覚は自民党に貴重な資産なのでよろしくお願いする」という遺言を残したほどです。

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▲幼少時代、岸信介に抱かれている安倍総理(左中)/孫と遊ぶ岸(右)/写真=NHK

戦争を経験した以前の世代と違い、戦後世代である安倍総理は祖父安倍寛の築いた地方区を受け継いで今に至っているが、祖父について言及したことは殆どないです。その代わり、機会があるたびにいつも外祖父岸に対する愛情を表わしました。幼い頃、自分を優しくしてくれた岸を敬って育った安倍総理は、平和憲法など戦後体制は戦争に負けたという理由だけで日本に下された非常に不当な措置と認識してきました。そして、このような認識は岸の認識体系にそっくりなのです。安倍総理には平和主義者であり均衡感を備えた保守主義者になることができる道も開かれていたが、彼は外祖父に従って右翼であり歴史修正主義者の道を選びました。(略)(機械翻訳 若干修正)


>佐藤元総理は他界する1年前である1974年~~

キム・チュンシ東亜日報論説委員が2006年に韓国で発刊した本『悲しい列島-永遠の異邦人400年の記録』のなかで、14代沈壽官にインタビューした際に聞いた話として紹介したものが唯一のソース(?)。


>2006年に『週刊朝日』は安倍家で40年間余り留まって安倍兄弟を育てた久保ウメという女性が

(中央日報 2006/09/30)

「私は朝鮮(人)だ」--。

日本の安倍晋三新首相の父親、安倍晋太郎(1991年死亡)元外相が普段からこのように言ったと、世界(セゲ)日報が日本の「週刊朝日」を引用して報道した。

この週刊誌は10月6日付カバーストーリーで「安倍晋三研究-家政婦が見た安倍、岸3代」という見出しで安倍首相家門の内側を特集報道した。

岸と安倍の家門で家政婦として40年を過ごした久保ウメさん(80)は、週間朝日とのインタビューで安倍首相の父親、安倍元外相が告白した家庭の内部を比較的詳しく伝えた。

久保さんは「パパ(安倍元外相)は誰にも言えないことを私には言ってくれた」とし「(安倍元外相死去直後)入棺のとき、この人の骨格を見ながら本当に日本人の物ではないと思った」と説明した。それとともに「頭からつま先までまっすぐに横になっていたが、完全に韓国人の体形だ。(安倍元外相)自らも『私は朝鮮(人)だ。朝鮮』と言っていたが、この人は朝鮮人だと思った」と回顧した。また「(政治家として周辺に)人気が高く、よってもう少し元気に活動する時間があれば、北朝鮮問題も解決したと思う。安倍元外相の死は国の損害だった」と惜しんだ。

この雑誌は安倍元外相は生前に安倍家の起源は10世紀くらいまで韓半島北で中国大陸にかけて存在した渤海(パルヘ)国に始まったという考えを持っていたが、日本での安倍家の起源は明らかではないと報道した。安倍家の起源について久保さんは「安倍家の本流は青森県だ。安倍元外相が朝鮮だと言ったが、これは今の北朝鮮ではなく、その北と吉林省の下側にあった渤海」と「11世紀平安時代の武将だった安倍が今の安倍家の祖先と一致する」と説明した。(略)