(聯合ニュース 2021/04/06)

 在日本大韓民国民団(民団)の団長を決める選挙が異例の動きをみせている。

 民団は6日、最高議決機関である第55回中央大会を開き、団長選挙の候補である中央副団長の任泰洙(イム・テス)氏について、候補者としての資格を剥奪することを決めた。 

※前科を隠して立候補。△選挙期間中に〈過去に恐喝未遂で逮捕された〉ことを取り上げられ、「起訴されたのか? その結果は?」と問われると、起訴されたかどうかは答えず「事件にならなかった」とだけ回答△選管が地検に『不起訴処分告知書』を請求するように求めるも無視△札幌地裁の記録で〈2004年11月、恐喝未遂で逮捕。05年2月、懲役2年6か月・執行猶予3年が確定〉と確認

 任氏の資格が剥奪されたことで、呂健二(ヨ・ゴニ)団長の再選が決まった。 

 民団は2月26日開かれた中央大会で新団長を選出する予定だったが、選挙管理委員会が任氏の候補者としての資格について問題提起したことで開票が延期された。

 先月12日に団長選出のための中央大会が再び開かれた。この席で選管委は任氏の資格取り消しを報告し、中央大会臨時議長団は選管委の措置を無効として開票を宣言した。選管委と臨時議長団が対立する中、開票は行われなかった。

 3年ぶりとなる今回の選挙は新型コロナウイルスの影響で郵便投票で行われた。

 呉公太(オ・ゴンテ)前団長は聯合ニュースに対し、任氏の資格剥奪は不当だと批判。任氏は訴訟で対抗する意向を持っていると伝えた。

 韓国政府の財政支援を受ける民団の団長選を巡る問題が日本での法廷闘争になる可能性が大きくなった。


(統一日報 2021/04/07)

 長い紛糾と分断の末、第55回定期中央大会が6日、決着した。今回の大会では朴安淳議長が議事進行を務め、任泰洙候補の候補登録失格を確認。投票を開票せずに呂健二候補の当選を確定した。事態は一応の収拾を見せたが、組織の求心力を回復するためには、有志たちの知恵が必要だ。

◆任候補の候補登録失格を確認

 6日に再開された中央大会は、朴安淳議長によって任泰洙候補の立候補者登録の失格が確認され、投票箱の開票は行わず、呂健二候補の当選を確定した。長い紛糾の後、わずか15分足らずで終了した、原則的な決着となった。後味は悪いが、今後、同じ騒動・混乱を防ぐため、決着に至った経緯を見る。

民団中央本部は2日、李清鍵組織局長名義で、前日の中央三機関長協議結果を知らせる通知書を出した。規約第65条と中央大会と議事進行に関して、(1)大会の途中に任期完了・総辞職があっても、構成員が大会完了まで引き続き任務を継続すること(2)議長・副議長が立候補中であっても、単一候補である場合は議事進行を継続できることを共通認識とするという通告だ。

また同日、朴安淳議長が書面によって、韓賢澤・趙龍済両副議長の辞任を全組織に通知した。

朴安淳議長は3月30日、第55回中央定期大会について、6日に再開することを公式文書で発表した。会場には定められた人員のみが入場可能で、大会のもようはこれまで同様、YouTubeで配信する旨も通知された。

今回の大紛糾、つまり中央団長選挙の投票が開票されなかった理由は、代議員たちの投票が、候補に対する間違った情報に基づいて行われた「汚染された投票」であると選挙管理委員会が判断したからだ。任候補が自身の経歴について、有権者に偽りの情報を流布したため、ということだった。

選挙の公正管理を任された選管委としては当然の判断だったと言える。

しかし、選管委のこの指摘に対して、任候補側は常識的で率直な対応を行わなかった。任候補は自らが起訴され、裁判を受けたことがあるかどうかという真実を明らかにせず、曖昧模糊とした態度で代議員などを動員。”民意”を言い出し、選管委を攻撃した。

ここで、代議員でもない中央本部の常任顧問などが問題をより一層悪化させた。彼らも、真実と正直さ・常識よりも、左翼が扇動に好んで使用する”民意”を持ち出した。

◆良識ある有志の提案を中心に

 混乱は決着したが、いずれにせよ、今回の事態を通じて、呂健二団長の指導力は失墜した。このままでは在日民団は組織の求心力を失いかねない状況だ。

 この事態を乗り越えるためには有志たちの知恵が必要だ。

ところで、民団愛知県地方本部は3月31日、朴茂安団長・徐海錫議長・丁海遊監察委員長ほか副団長一同の連名で、「団員のための組織として民団正常化への道を探そう」と勇気ある呼びかけ、提案を出した。

呂健二団長はこれらの組織的な提案を謙虚に受け止めるとともに、新2機関長の協力の下、指導力の回復と民団の組織整備・正常化を図らなくてはならない。

韓国も、昨年4月の不正選挙から1年を経て、文在寅政権の扇動政治に騙されてきた国民が目覚めつつある。特に若い世代で、巨大与党の独裁に対する批判が厳しい。