(日経新聞 2006/08/10)
日本最古の建築会社といわれる金剛組を前身とするケージー建設(大阪市)が7月26日に破産手続きの開始決定を受けていたことが10日分かった。負債総額は約40億円。
建設不況に伴う受注減などが経営を圧迫し、今年1月に中堅ゼネコンの高松建設に営業譲渡した。高松建設が受け皿会社として新しい金剛組を設立し、寺社建築事業は存続している。従業員の大半が転籍した旧金剛組は、社名をケージー建設に変更して清算業務を行っていた。
飛鳥時代創業 日本最古の建築会社 株式会社ケージー建設(旧商号:金剛組)破産手続き開始決定受ける 負債40億円
(帝国データバンク 2006/08/10)
(株)ケージー建設(旧商号:(株)金剛組、資本金9600万円、大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-14-29、代表清算人植松襄一氏)は、7月13日に大阪地裁へ自己破産を申請し、同月26日に同地裁より破産手続き開始決定を受けていたことが判明した。
破産管財人は近藤輝生弁護士(大阪市北区西天満4-4-12、電話06-6311-0151)。
当社は、飛鳥時代に百済から招かれた3人の工匠の1人であった金剛重光氏が、578年に創業した日本最古の建築業者。聖徳太子が建立させた日本建築を代表する歴史遺産である四天王寺(593年)を築いた寺社建築の専従業者として知られていた。
1955年(昭和30年)2月に法人改組し、前代表の金剛正和氏は40代目にあたる。「組み上げ工法」という伝統技法を用いて、寺社の設計・施工や文化財建造物の復元・修理などに強みを発揮するほか、日本建築本来の優美さや、木のあたたかみなどを損なわない独自の工法に近代建築を融合して一般建築工事も手がけ、99年4月期には年売上高約130億5500万円をあげていた。
しかし、工事の小口化や一般工事部門の競合激化から、2005年同期の年売上高は約75億300万円に減少。また、受注の大半は寺社関連で占められていたが、檀家からの寄付などによってまかなわれていた寺社関連の工事代金の回収が長期化。この間、金融機関からの借入金でつないできたが、金利負担が収益を圧迫し、余裕のない資金繰りとなっていた。
こうしたなか、2006年1月にコア事業である寺社建設事業を、高松建設(株)(大阪市淀川区、東証・大証1部)が2005年11月に設立した新・(株)金剛組(大阪市天王寺区)へ営業譲渡し、従業員の大半を転籍。当社は商号を(株)金剛組から(株)ケージー建設に変更し、清算業務に入っていた。
【萬物相】金剛組1400年
(朝鮮日報 2005/12/18)
(略)四天王寺は、聖徳太子が593年、百済の技術者、柳重光(ユ・ジュングァン)を招いて建てた日本最古の寺院。
寺院が完工された後、「今後、あなたの家系は子孫代々にわたって四天王寺を補修し、管理する役目を担いなさい」という聖徳太子の命を受け、柳重光は故郷に帰らず、その子孫らは寺の建築を家業として引き継ぐようになる。
1400年で40代を継いできた大阪の建築会社「金剛組」はこのようにして誕生した。
日本には100年以上の歴史を誇る店や企業が1万5000個あまりになる。石川県の法師旅館や京菓子を代表する「虎屋黒川」は1300年、京都の平井常榮堂薬房は1000年の歴史を誇る。このような老鋪の中でも断然古いのが金剛組だ。
ヨーロッパ最古の企業とされるフランスのワインメーカー「Chateau de Goulaine」よりも400年古い。韓国では、京城(キョンソン)紡織、三養(サムヤン)、柳韓洋行(ユヘンヤンヘン)などがわずか80年の歴史を有しているに過ぎない。 (略)
金剛組が来年1月、倒産するという。1980年代のバブル経済時に買い付けた土地の値段が暴落し、借金に耐えられなくなったためだ。
金剛組は、1930年代の日中戦争当時もすべての工事がストップしたため、倒産の危機に追い込まれている。これに、37代金剛治一社長は先祖に顔向けできないとし、切腹している。
哀れに思った四天王寺の住職は、室町台風で崩れた五重の塔の復元工事を依頼、再び息を吹き返した。古代の韓日交流を象徴する金剛組も、今回だけは厳しそうだ。
在日にしろ韓国・北朝鮮にしろ、ホントかウソかも証明できないような妄想ウリナラ起源を宣伝するより、“金剛重光”を宣伝したほうが朝鮮のイメージアップにはつながると思うんですがね。
ただ、『伝統と文化の続かない国』という事実も宣伝されてしまいますね。
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とか言い出しそうだ・・・
specificasia
が
しました