【こちら特報部】「在日特権」とデマを流す日本人こそ恥ずべき 公的支援なく運営苦しい朝鮮学校 卒業生は今、何を思う(東京新聞 2025/03/21)
 在日朝鮮人の児童・生徒が通う朝鮮学校。独裁国家の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との関係を念頭に、国内では「けしからん」という排斥論が幅を利かせ、幼稚班から大学校までの全課程が国の教育支援の対象外とされている。その中でも、地域や在日同胞のサポートを受けつつ、子どもたちの日常は続いてきた。彼らの心のよりどころになっている民族学校を訪ねた。(西田直晃)

◆家で日本語を話す児童、1年たてば朝鮮語で日常会話も

 白板をハングルと挿絵が埋め尽くしている。「ゴミを捨てる」「傘を差す」といった朝鮮語を声に出す子どもたち。2月中旬、東京朝鮮第五初中級学校(墨田区)の初級部1年の教室では、6人の児童が日常を表現する国語(朝鮮語)の授業に没頭していた。

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▲1年生の「国語」。理解を助けるため、白板には朝鮮語の助詞の日本語訳も示されている=東京都墨田区の東京朝鮮第五初中級学校で

 児童は家では日本語を話しているが、朝鮮学校は授業以外も全ての会話が朝鮮語になる。自らも教壇に立つ呉英哲(オヨンチョル)校長(56)は「2年生への進級時には日常会話はほぼ可能になる。子どもたちは朝鮮語のシャワーを浴び、年度末の学芸会で100%朝鮮語の劇を演じます」と目を細めた。中級部を含めた全校児童・生徒は2月時点で56人。少子化や財政難の影響で皮肉にも少人数学級が成立したという。

 2024年5月時点で、全国に55校ある朝鮮学校。年代別に幼稚班、初級部、中級部、高級部、大学校を設置し、朝鮮半島にルーツがある児童・生徒と学生に民族教育を行う。国籍は問わない。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の傘下にあり、教員はほぼ朝鮮大学校の卒業生。学校教育法上の「各種学校」に分類されている。

◆怒ってくれる日本人支援者もいたこと、うれしかった

 日本の学校と同じく算数や英語、日本語も教えるが、「民族課目」に力を注ぐ。呉校長は「朝鮮の歴史や地理のほか、音楽や美術も該当する。朝鮮と日本の文化を吸収し、子どもたちは多様な考え方を身に付ける」と強調した。

 民族課目の中核を占めるのは国語だ。朝鮮学校の前身は日本の敗戦後、植民地支配から解放された在日朝鮮人が各地で自主的に設けた「国語講習所」。苦難の果ての産物だからこそ、在日朝鮮人社会は朝鮮学校を伝統的に「ウリハッキョ(私たちの学校)」と親しみを込めて呼んできた。

 校内の「公用語」は朝鮮語のはずだが、廊下の本棚には日本の児童書もずらりと並んでいた。数日前に訪れた東京朝鮮第三初級学校(板橋区)にも。「支援者の方々が寄贈してくれたもの」と朴龍浩(パクリョンホ)校長(52)。「朝鮮学校が教育支援から除かれている現状を『日本の問題』と怒っている日本人の支援者もいた。うれしかった」と語った。

◆民族学校の卒業生「今の祖国は朝鮮」

 朝鮮学校の運営は厳しい。高校や幼保無償化の恩恵を受けられず、今国会の高校無償化の3党合意でも黙殺された。各地の学校側からの提訴もいずれも敗訴が確定している。朝鮮学校への風当たりが強まったのは、高校無償化法が施行された15年前から。今年、大卒社会人となる民族学校の卒業生たちは何を思うのか。

 小中時代の9年間、愛知県内の学校に通った許揮太(ホフィテ)さん(22)は「記憶がある時には、既に支援の対象から外れていた。学校も生徒の数も減少し、後輩たちのために何とかしたいが、最初から同じだから変化が想像できない」と明かす。民族学校の魅力は「離れて強く思ったけど、先生、保護者、卒業生との距離が近い」こと。「今の祖国は朝鮮」と話す。

 小中高時代の12年間通った金明銖(キムミョンス)さん(22)は「(日本社会は)在日朝鮮人問題の経緯を理解せず、一方的な考え方がまかり通っていた気がしていた」と述懐した。

◆金親子の肖像画に対する考え方「世代間で違う」

 記者が訪れた都内の2校にはともに、故金日成(キムイルソン)主席や故金正日(キムジョンイル)総書記が子どもたちと触れ合う絵画が置かれていた。親子そろい踏みの絵もあった。いずれも教室の前方正面ではなく、側面や後方の壁、棚などに、控えめに飾ってあった。

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▲校舎内の壁に飾られた絵画。故金日成主席、故金正日総書記が描かれている=東京都板橋区の東京朝鮮第三初級学校で


 「象徴だから」と第三の朴校長。「肖像画や絵画で忠誠心を高めようというのはいびつ。でも、今あるものを外すというのも、また違う気がする」と説明し、「世代間で考え方に違いがある」と付け加えた。

 第五の呉校長は「奨学金を送ってくれた人。そのように子どもたちにも授業で教えている。共和国は日本の敗戦以降、まず在日同胞の教育を考えた」と語り、「そんな指導者の絵を飾ることに、揚げ足を取る人もいますが…」と嘆いた。

◆校舎の工事に公的な援助なく、同胞のカンパやCF頼み

 1910年の朝鮮併合前後に日本に来た祖父を持つ呉校長。在日3世として、社会科教諭として、現在に続く民族学校の歴史的意義をこう述べた。

 「設立当初には、日本生まれの子どもが朝鮮に帰国する際に『朝鮮語が話せなければダメだ』という考えがあっただろう。私の祖父のように、生活の土台を築いた以上、日本で生きざるを得なかった在日とその子どもがいた。民族学校は同胞コミュニティーの中心。自己を見失いがちな在日の子どもに『何者なのか』と教えた上で、日本社会に旅立たせる場所」

 両校はともに、この数年で校舎を刷新した。都の耐震工事の補助金を除けば、公的な援助はなく、1億円程度の在日同胞のカンパに助けられた。第三初級学校では「建て替えの際、旧校舎があった土地を売って、規模を縮小しなければ建設資金がまかなえなかった」(朴校長)という。

 財政状況の悪化を加速させたのが、自治体の補助金カットだった。文部科学省大臣官房国際課によると、2022年度に管内の朝鮮学校や関係者に補助金を支出していたのは、愛知、兵庫両県などの10道府県と横浜、川崎両市などの83市区町を合わせた93自治体。

 補助金総額は約2億3000万円で、計134自治体だった2013年度から金額は約3分の2に減少している。各地で校舎の改修のほか、水回りの修繕やスクールバスの購入などが追い付かず、クラウドファンディングに頼る学校が相次いでいる。

◆識者「拉致問題も重要だが、スタート地点に戻って今を捉えて」

 こうした状況の中でも、草の根の支援はほそぼそと続けられてきた。

 東京都では、朝鮮大学校(小平市)と東京朝鮮中高級学校(北区)を除く9校の地域ごとに、地元に密着した「応援団」をつくる動きが本格化。住民を招いた交流会などを開いている。

 今年2月には、戦後80年を機に日朝関係の改善を求める全国組織「日本と朝鮮を結ぶ全国ネットワーク」も発足した。藤本泰成共同代表は「朝鮮との対話再開のためにも、朝鮮高校への無償化適用は重要な一歩」と訴えている。

 新潟国際情報大の吉沢文寿教授(社会学)は「植民地支配を巡り、日本政府は長く朝鮮民主主義人民共和国の被害者を放置してきた。拉致問題も重要かもしれないが、歴史問題を考えるなら、スタート地点に戻って今を捉えなければならない」と話す。

 愛知県立大の山本かほり教授(社会学)は「長く朝鮮を下に見てきた日本社会の空気を下地に、近年の北朝鮮バッシングや歴史修正の動きが絡まって朝鮮学校排除が続いた。言葉を奪われる痛みに日本人は鈍感で、考えることもない」と指摘する。

 「確かに、朝鮮の社会体制は日本人が普遍的だと考える西洋民主主義と異なっている。その体制を肯定するかは別として、朝鮮学校が正統の国家とみなす朝鮮民主主義人民共和国との関係について、思考停止に陥らず、歴史に由来する結び付きを理解する姿勢も必要ではないか」

◆デスクメモ
 北朝鮮の政治体制は支持できる代物ではない。だが、それは在日ヘイトの言い訳にならない。いまだ「在日特権」というデマを流す人間がいるのは恥ずべき話だ。補助金削減は一例で、在日朝鮮人は日本社会で優遇されていない。特権があるとしたら、むしろ多数派の日本人のほうだ。(北)


2007年12月13日


五項目の合意事項(ウィキペデア)

五項目の合意事項(ごこうもくのごういじこう)とは、1976年(昭和51年)10月に朝鮮総連系の在日本朝鮮人商工連合会(朝鮮商工連)が、日本行政機関国税庁との間に取り交したとされる五項目の協定。朝鮮総連が平成3年に便覧で公表した。「税金特権」合意であるとの批判がある。

■概要

1967年、朝鮮総連所属の在日朝鮮人による脱税事件摘発により起きた「同和信用組合事件」。 これをきっかけとして朝鮮総連は所属する在日朝鮮人達に「朝鮮人弾圧」と称し、全国規模での納税拒否と税務署襲撃の抗議活動を号令し、在日朝鮮人が多数居住する各都道府県の税務署は業務妨害に著しく悩まされ続ける事になった。

◇北朝鮮の在日商工者利用・社会党の関与

北朝鮮当局はパチンコを含む商工業に関わる在日朝鮮人を「小ブルジョア」と蔑視していた。しかし、1970年代半ば以降から彼等の経済力を利用することを始めた。1976(昭和51)年6月30日に、金日成は在日朝鮮商工連による訪朝団に対して、「在日同胞商工業者は祖国の社会主義建設に積極的に寄与すべきである」との談話を出した。

朝鮮商工連は「(在日朝鮮人は)朝鮮民主主義人民共和国の海外公民」であるとし、その権利として租税条約に相当する協定が必要とし、また日本から「民族差別」を受けている在日朝鮮人に対して機械的に課税するのは「課税に名を借りた弾圧」であると主張した。そして、日本社会党最左派の理論集団社会主義協会が朝鮮総連と親密な関係にあったことを通じて、社会党の高沢寅男衆院議員(後の党副委員長)と共にに国税庁に行き、国税局との仲介を依頼し協定を勝ち取った。当時仲介した高沢議員は、後の産経新聞の取材に対し、「在日朝鮮人の人権にかかわる問題」だったと認め、「国税庁幹部が陳情内容に理解を示した以上、合意したととられても仕方がない」と朝鮮商工連側の主張を弁護した。

◇『朝鮮総聯』での合意記述

1991年2月に総聯が発行した『朝鮮総聯』という小冊子の中で1976年に在日朝鮮人商工連合会と日本国税庁の間で税金問題解決に関する5項目の<合意>が成立したと書かれている。これが発見され、その後、佐藤勝巳が鴻池祥肇参議院議員に持ち込んだ。 1999年2月22日参議院予算委員会の総括質問で鴻池参議院議員により初めて、5項目の<合意>に対する質問がされたが、質問に先立ち国税庁は質問の取り止めを2度に渡り電話で要請し、質問当日も議員会館の鴻池議員の部屋の入り口に国税局の担当課長が立ち塞がり質問の取り止めを要請した。

◇内容

 1.朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する。
 2.定期、定額の商工団体の会費は損金として認める。
 3.学校運営の負担金に対しては前向きに解決する。
 4.経済活動のための第三国旅行の費用は、損金として認める。
 5.裁判中の諸案件は協議して解決する。

◇評価

朝鮮総連系の出版物には「しばらくの間は(昭和51年の)5項目の合意にしたがって」「かれら(在日朝鮮人商工業者)の税金問題はスムーズに処理された」と記述されていた。しかし、平成10年(1998年)11月29日付の産経新聞が「合意」を報じた後は、国税庁は「合意」が存在しないとを各国税局に通達し、国会答弁でも「合意」を否定している。しかし、在日本朝鮮人総連合会らと共に、国税庁に行った社会党の高沢寅男衆院議員(後の党副委員長)は、国税局との仲介したこと、彼等のために国税庁との合意(協定)を勝ち取ったことを認めている。合意内容は、一般の日本国民に認められていない「税務の団体交渉権」を朝鮮総連・在日本朝鮮人総連合会に認めた「税金特権」であることから、いわゆる「在日特権」の事例とされる。

アメリカ政府で国家経済会議専門エコノミストを務めたマーカス・ノーランドが1995年に出した調査報告書では、「朝鮮総連関係の企業が日本の国税庁から特別の優遇措置を黙認されていることを日本政府関係者も非公式に認めている」と記されている。