(朝日新聞 2025/11/06)
 中国の軍事活動が活発化する中、自衛隊が「見せる」ことを目的とした訓練や部隊展開を増やしている。あえて自国の対応能力を見せることで相手国との軍事的な緊張の高まりを抑止するという「柔軟抑止選択肢(FDO=flexible deterrent options)」に基づき、これまで訓練を行わなかった台湾側に近い海域や空域なども選んでいるという。

SnapCrab_NoName_2025-11-6_17-33-19_No-00

 10月3日、沖縄県・先島諸島の南側の台湾に近い公海上の海域で、海自護衛艦「さわぎり」と掃海母艦「うらが」が機雷戦訓練を実施。防衛省関係者は、この海域での機雷戦訓練は「おそらく初めて」と口をそろえる。

 機雷戦訓練は敵の航路を妨害するための機雷や模擬機雷を敷設・回収する訓練で、これまで1~2週間かけて青森県の陸奥湾や宮崎県沖の日向灘などで実施されてきた。ただ今回は習熟度の向上が目的ではなく、機雷敷設の間隔や船内での隊員の連携の仕方など、機雷を落とすまでの手順を確認するにとどまった。

 防衛省幹部は「1日だけの訓練で実践性には欠けるが、『FDO』の一環として中国に見せるための訓練だった」と明かす。

 防衛省内では約1年前から今回の訓練が検討されてきたという。訓練海域は、吉田圭秀・前統合幕僚長が内部会議で台湾有事を念頭に「天王山」と呼んだ要衝だ。台湾有事では、中国艦艇の動きを封じるために、この海域に日本が機雷を敷設することも一案として防衛省内で検討されている。

 中国軍が活動を急速に拡大する中、FDOの考え方に基づく「見せる」ことを目的とした自衛隊の運用は「最近増えている」(防衛省幹部)という。

 6月、中国海軍の空母「遼寧」「山東」が日本周辺の太平洋上に展開。中国空母2隻の太平洋上での同時展開は初めてのことだ。複数の防衛省関係者によると、「遼寧」が離れた直後、沖縄県・尖閣諸島周辺の日本の排他的経済水域内のこの海域で、自衛隊のF2戦闘機とF15戦闘機がそれぞれ複数機参加する訓練を実施した。F2は空対艦ミサイルを搭載できるため、訓練では艦艇に対する攻撃なども想定して、手順を確認したという。

 この訓練は「中国空母の動向への対抗措置」(防衛省幹部)として、自衛隊が普段行わない中国軍が監視している空域であえて実施されたもので、FDOの一環だったという。制服組の訓練計画をもとに、当時の増田和夫防衛次官を中心に「どこの地域で、いつ、どのような訓練を実施すれば、中国に対する対抗メッセージが伝わるか」が議論されたという。

 海自護衛艦による台湾海峡通過もFDOの一つだという。中国軍機は昨年8月、初めて日本の領空を侵犯。対抗措置として、海自護衛艦が翌月、豪州艦艇などと初めて台湾海峡を通過した。今年2月、6月にも海自護衛艦が単独で台湾海峡を通過。政府関係者は「今後も機会をとらえて通過を続けるだろう」と語る。

 FDOは米国発祥の考え方だ。第3次台湾海峡危機のさなかの1996年、米国が台湾近海に空母2隻を派遣し中国を牽制(けんせい)したのが代表例とされる。防衛省幹部はFDOについて「普段と同じ訓練でも、時期や場所を工夫することで抑止力を働かせることができる」と説明する。

 日本では2015年の日米ガイドラインにFDOが初めて盛り込まれた。共同演習などを通じて、日米の連携や強い決意を示す狙いだ。その後、18年策定の防衛計画大綱や22年策定の国家防衛戦略にも、抑止の手段としてFDOを明記。国家防衛戦略では「力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与えるため」に、同盟国や同志国とともにFDOの訓練や演習などを強化する必要があるとしている。

 FDOが日本で公式に使われてから10年が経ち、「政府内で広く知られ、戦略や訓練内容を考える際のひとつの指針になった」(政府関係者)こともFDOに基づく訓練増加の一因だ。

 防衛省が国家安全保障局や外務省と調整し、周辺国との外交への影響も踏まえて、訓練の実施を判断することもあるという。

 ただし、FDOは意思表示の手段として効果的な一方で、偶発的な衝突やエスカレーションのリスクが高まる恐れがある。政府関係者は「FDOなどに基づき、中国領海に近い海域での任務が増えているからこそ、うっかりミスが命取りになる」と警鐘を鳴らす。(佐藤瑞季)