(朝日新聞 2025/11/16)
鎌倉大仏で知られる高徳院(神奈川県鎌倉市)にある、朝鮮半島由来の建物が今年、韓国へ約100年ぶりに返還された。日韓関係に左右されながらも、両国が協力して建物を調査、解体、輸送した。移転・再建の途上、年末にもソウルで主要部材の展示会が開かれる予定だ。一大プロジェクトを支えたのは、高徳院住職の長年の思いだった。


参拝者でにぎわう鎌倉大仏の脇を抜けた裏手に、ぽっかりと空き地が広がる。ここに、現在のソウル地域にかつてあった「観月堂」と呼ばれる木造平屋が立っていた。昨年に解体作業が始まるまでは、観音菩薩(ぼさつ)像などをまつる、参拝者の祈禱(きとう)所として使われてきた。
観月堂は数奇な運命をたどった建物だ。高徳院によると、観月堂は旧朝鮮王室から融資の担保として現地の銀行に差し出された。その後、銀行の財政難を支援した返礼として1924年に山一合資会社(後の山一証券)の杉野喜精社長に譲渡され、日本へ渡ってきた。30年代に杉野氏が別荘に隣接する高徳院に寄贈したとされる。
幅約7メートル、奥行き約5メートルの観月堂は、瓦の竜やクモの模様、部材の彫刻などの特徴から、18~19世紀ごろの王室関連の先祖の霊をまつる建物と推定されているという。
韓国への返還の話が持ち上がったのは、慶応大学教授で考古学を専門とする佐藤孝雄さん(62)が、2002年に高徳院住職になってからだ。高徳院で生まれ育ち、観月堂が「朝鮮の建物」と親族から聞いていた佐藤さんは、いずれ返したいとの思いを抱いてきた。
考古学者として文化財返還に関わってきた経験から、「歴史の文脈から切り離して保管するのではなく、本来の場所に戻すのがよい」との考えが根底にあったという。
■進まなかった返還作業 外務省幹部「タイミング間違えないように」
だが、順調には進まなかった。10年には仏教関係の団体が十分な調整なしに観月堂の韓国返還を発表し、返還に抗議する声が高徳院に届いて対応に追われた。
12年に当時の外務省幹部に相談をすると、「せっかく良いことをやろうとするのだから、タイミングだけは間違えないように」。日韓関係が悪化していた頃で、返還による国民感情を懸念しての言葉だった。
12年に当時の外務省幹部に相談をすると、「せっかく良いことをやろうとするのだから、タイミングだけは間違えないように」。日韓関係が悪化していた頃で、返還による国民感情を懸念しての言葉だった。
良いタイミングはなかなか見つからない。関係が冷え込んだ時期には、韓国政府側とのコミュニケーションを試みても思うように進まなかった。
その間も、観月堂は老朽化が進んだ。建物の一部が壊れたり、屋根裏にアライグマがすみ着いたりもした。台風が来るたび、不安に襲われた。
危機感を強めた佐藤さんは、できることから始めようと、19年頃から観月堂の3次元測量や動画撮影、素材の分析などを進めた。調査には、韓国の専門家も加わった。
ただ返すだけではなく、その建物がどのような知的財産なのかをできる限り調査し、共有することで「信頼関係を結び直す日韓共同のプロジェクトにしたい」との思いからだった。
■吹いた追い風 日韓関係の改善
追い風となったのが、22年の尹錫悦(ユンソンニョル)氏の大統領就任だった。日韓関係の改善が進み、「もう今しかない」。日韓の専門家による学術シンポジウムを23年に日本で開催し、韓国政府の当局者を招き、観月堂に関して集めてきた資料や調査結果を共有した。
そこから返還に向けての話が一気に進み、オンラインで毎月、韓国側との意見交換が始まった。そして昨年6月に解体が始まり、部材の輸送が順次進められた。
だが12月、尹氏が非常戒厳を出し、韓国側が混乱。佐藤さんは「もう腹をくくっている」と計画を続ける意思を伝え、今年、無事に移転を終えた。一連の解体や韓国に輸送するまでの費用は全て高徳院が負担した。
6月23日にはソウルで、高徳院と韓国政府が譲渡の約定を結んだ。その際、韓国国家遺産庁の崔応天(チェウンチョン)庁長(当時)は「韓日国交正常化60周年を迎える本年、この帰還が両国の文化的連帯と未来志向の協力を象徴する出来事として記憶されることを期待する」とコメントした。
■ソウルで主要部材公開へ
国家遺産庁などによると、部材は現在、京畿道の収蔵庫に保管されている。再建場所は検討中だが、帰還の経緯を振り返り、主要な部材を公開する展示会が、年末にソウルで計画されている。
高徳院は、観月堂の維持管理などへの利用を想定した基金を立ち上げ、1億円を拠出することも決めた。佐藤さんは「長年お預かりした責任を果たせた。ふさわしい場所で本来の価値を取り戻して欲しい」と期待する。
観月堂があった空き地には資料館をつくる予定で、その一角には観月堂について振り返るコーナーを設けるという。(山本恭介)
寺社だけでなく博物館などでもですが、所有者が現代の価値観から見ても順当に手に入れ、寄贈されたものを、経営難から手放すとかではなく、その時の(一時的な)トップらが自らの思想や感情でよそに寄贈するのは、よくあることなのか知れませんが、なんか違和感がありますね。
寺社だけでなく博物館などでもですが、所有者が現代の価値観から見ても順当に手に入れ、寄贈されたものを、経営難から手放すとかではなく、その時の(一時的な)トップらが自らの思想や感情でよそに寄贈するのは、よくあることなのか知れませんが、なんか違和感がありますね。

お荷物だったんだなw
まぁ返しても良いんじゃないか!
管理も出来ずに数年で朽ち果てるだろうけど…
specificasia
が
しました