安倍「日本取り戻す第一歩」と君が代斉唱
(ニューシス 韓国語 2013/01/07)



強硬主義者である安倍晋三(58)日本総理が7日、国歌である君が代を歌うことで、今年に入って自民党の初めての全体会議を始めた。

君が代は日本の帝国主義と軍国主義を象徴するものと非難されてきた。

先月、日本衆議院選挙で圧勝をおさめて総理職に復帰した安倍は、日本国内はもちろん海外でも日本を右傾化に追い立てるという憂慮を呼んだ。

産経新聞は、安倍総理が「日本政府はこれからまた誇らしく君が代を歌うことができる政府になった。これは'日本を取り戻す'第一歩になるだろう」と話したと伝えた。

安倍総理と自民党は先月16日の選挙で"日本を取り戻す"ということを公約で掲げ、民主党に圧勝をおさめて3年余ぶりに奪われた政権を取り戻した。

君が代は天皇を称賛する内容で、第2次大戦敗戦前の日本の国歌であった。君が代と、1999年に法的地位を確保した国旗である日の丸(日章旗)に対する日本国民の反対は最近沈み始め、学校とスポーツ行事の時は君が代がよく歌われる。

しかし、政治家が関連する場合、君が代および日の丸をめぐる論議は加熱する。日本の公立学校の教師たちは、公式行事の時に起立して君が代を歌うことを禁止してほしいという訴訟を提起したが敗訴した。

安倍総理は、日本の平和憲法の改正を推進する一方、戦争当時に日本が犯した犯行に対する謝罪水準を弱化させる修正を試みていて、隣国から怒りと憂慮を呼んでいる。

彼は去る2006~2007年の初の総理在任時、学校教科過程に愛国心を教育するように教育法を改正したし、今回も教育改革に重点を置くと話した。(機械翻訳 若干修正)



安倍総理‘君が代’斉唱…「日本を取り戻す第一歩」
(京郷日報 韓国語 2013/01/07)

安倍晋三日本総理(58)が7日、自民党の全体会議を開いて‘君が代’を歌ったとニューシスが報道した。君が代は、日本帝国主義と軍国主義を象徴する曲で非難の対象になってきた。

安倍総理はこの日午前、自民党の全体会議を始めながら君が代を歌った。以後、彼は「日本政府はもう君が代を歌うことができる政党に政権が変わった」として「確かに‘日本を戻す’第一歩になるだろう」と話したと産経新聞は伝えた。安倍総理と自民党は先月選挙で“日本を取り戻す”ということを公約に掲げ、民主党に圧勝をおさめ総理職に復帰した。安倍の復帰は日本の右傾化が深化するという憂慮をもたらした。

君が代は天皇を称賛する内容で、第2次大戦敗戦前の日本の国歌であった。第2次大戦後に廃止され、1999年に日本の国歌として法制化された。

日本帝国主義を象徴する曲だと反感が激しかったが最近、学校やスポーツ行事の時に歌われている。

日本の公立学校の教師たちは、公式行事の時に起立して君が代を歌うようにすることを禁止してほしいという訴訟を提起したが敗訴した
。

安倍総理は日本の平和憲法の改正を推進し、戦争当時に日本が犯した犯行に対する謝罪水準を弱化させる修正を企てている。安倍総理は去る2006~2007年の初の総理在任時に学校教科過程に愛国心を教育するように教育法を改正したし、今回も教育改革に重点を置くと話した。(機械翻訳 若干修正)



安倍首相、君が代斉唱「日本取り戻す第一歩」 自公連立政権が本格始動
(産経新聞 2013/01/07)

自民党は7日午前、仕事始めの会合を党本部で開いた。安倍晋三首相(自民党総裁)は「まずは経済を再生せよとの国民の声に結果で応えたい」と述べ、平成24年度補正予算案の編成を急ぐ考えを示した。昼には公明党と安倍政権発足後初の政府与党連絡会議を首相官邸で開催し、連立政権が本格始動する。

首相は仕事始めで君が代を斉唱した後、「仕事始めにしっかり君が代を斉唱する政党に政権が移り、まさに日本を取り戻す第一歩を踏みしめることができた」とあいさつ。石破茂幹事長は「今夏の参院選は昨年の衆院選と同じ緊張感で臨み、安倍政権を盤石にしたい」と述べ、参院選勝利に向け結束を求めた。

この後首相は内閣府で、経済政策の新たな司令塔となる「日本経済再生本部」の事務局の看板掛けに立ち会った。

政府与党連絡会議は前の自公政権時代、政権運営の基本方針や重要政策、国会運営を協議する場として活用され、政権復帰に伴い復活。首相や菅義偉官房長官のほか、公明党の山口那津男代表ら自公両党の幹部が出席し、予算編成や月末召集で調整する通常国会について意見交換する。





>第2次大戦後に廃止され、1999年に日本の国歌として法制化された。


君が代 (wikipedia)

第二次世界大戦後

第二次世界大戦後には、「主権在民」を定めた日本国憲法が制定された。1947年(昭和22年)5月3日の憲法施行記念の式典で斉唱された。「君が代」の歌詞について、第二次世界大戦前に「国体」と呼ばれた天皇を中心とした体制を賛えたものとも解釈できることから、一部の国民から国歌にはふさわしくないとする主張がなされた。
(略)
学校・教育現場では、1946年(昭和21年)に国民学校令施行規則から「君が代」合唱の部分が削除されたが、 「祝日には学校や家庭で日の丸掲揚、君が代斉唱することが望ましい」とする天野貞祐文部大臣「談話」が1950年(昭和25年)10月17日に全国の教育委員会に通達され、

1958年(昭和33年)学習指導要領に「儀式など行う場合には国旗を掲揚し、君が代を斉唱することが望ましい」と記載されたことなどから、 学校で再び日の丸掲揚・君が代斉唱が行われるようになり、これに反対する日本教職員組合等との対立が始まった。

その後、学習指導要領は「国歌を斉唱することが望ましい(1978年)」、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする(1989年)」と改訂され、現在は入学式・卒業式での掲揚・斉唱を義務付けている。


君が代に代わる国歌制定運動

第二次世界大戦後の1950年代初頭、「君が代」に代わる新たな「国民歌」を作ろうと日本教職員組合と壽屋(現:サントリー)がそれぞれ募集し、別々に「新国民歌」を選定し公表した。日本教職員組合が「緑の山河」、壽屋が「われら愛す」という楽曲をそれぞれ選出したが、その後、これらのいずれも定着には至らなかった。




根っこは「日本の継続性むかつくニダ 日本も断絶させるニダ」でしょうね。










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