中国、尖閣の「歴史問題化」狙う=習副主席「日本は戦後秩序に挑戦」
(時事通信 2012/09/20)



中国共産党・政府は、日本政府の沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化に抗議する反日デモを禁止する一方で、強硬な対日キャンペーンを止めていない。

その中でも目立つのが、日清戦争末期の1895年に尖閣諸島を奪い取られたとの主張で、「日本は世界の反ファシズム戦争勝利の成果を意図的に否定し、戦後国際秩序に挑戦している」(習近平国家副主席)と批判を続ける。

尖閣問題を領土・主権問題だけでなく、歴史問題でもあると宣伝し、日本側に圧力をかけるとともに国内の反発を高める戦略だ。

「日本軍国主義は中華民族に深刻な災難を与えただけでなく、米国を含めたアジア太平洋国家に巨大な傷をつくった」。習副主席が19日、訪中したパネッタ米国防長官に対して81年前の満州事変に触れ、「対日共闘」に理解を求めた。同日は周永康党中央政法委書記もネパール副首相に対日批判を展開。最高指導部・政治局常務委員9人のうち8人がこれまでに尖閣問題に言及、「党指導部内で対日強硬論が台頭している」(共産党筋)という。
日中関係筋は「釣魚島が日本に奪われたという主張は従来、中国の研究者が強調してきたが、政府が公式に表明したことはほとんどなかった」と解説。日本軍国主義によって不法に占領されたという歴史問題を前面に、尖閣は中国のものだという論理を展開している。

19日付の軍機関紙・解放軍報は「1840年のアヘン戦争以降の100年は、侮辱と侵略を受けた歴史であるため、中国は内心の深い所で(絶対に譲歩できない主権に関わる)核心的利益をより一層重要視し、維持している」と強調した。

同紙はさらに「今の中国は国力が増強し、民衆も団結しており、当時の貧弱で(民衆が)バラバラだった古い中国と全く違う」と指摘。日本を抜いて世界第2位の経済大国にのし上がった中国がなぜ今また日本に「領土・主権の侵犯」を受けなければならないのか、という民衆の憤りを前面に出している。

中国は日米の離間ももくろむ。20日付の党機関紙・人民日報は「米国は戦後、日本軍国主義を粉砕する責任を負った。しかし日本は依然として侵略戦争の罪責への真剣な反省を拒絶しており、米国は日本を正常な国家に改造するという面で合格とは言えない」と反省を求めた。




【一記事追加】

中国当局、歴史絡めた報道指示 尖閣、国際的共感狙う
(共同通信 2012/09/21)

日本政府による沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の国有化に強く反発する中国共産党の宣伝当局が国内メディアに対し「釣魚島の帰属状況については(日中間の)歴史的経緯を重視して報道する」よう指示したことが分かった。中国メディア関係者が20日明らかにした。

中国指導部が日本の「侵略戦争」の歴史を持ち出すことによって日本の加害者の立場を強調し、日本の主張に正当性がないと国際社会に印象付ける戦略を決定したとみられる。

最高指導部メンバーは国有化に対抗し、反発する姿勢を明確化。領土問題で日本側と一切妥協しない強硬姿勢の表れで、対日攻勢を今後一層強めそうだ。





外務省 尖閣諸島に関するQ&A

【中国(乃至台湾)の主張に対する日本の見解】

Q4 中国(・台湾)による尖閣諸島の領有権に関する主張に対して,日本政府はどのような見解を有していますか。

A4 従来,中国政府及び台湾当局がいわゆる歴史的,地理的乃至地質的根拠等として挙げている諸点は,いずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とは言えません。

日本の領土たる尖閣諸島の領有権について,中国政府及び台湾当局が独自の主張を始めたのは,1970年代以降(参考)です。

それ以前には,サンフランシスコ平和条約第3条に基づいて米国の施政権下に置かれた地域に尖閣諸島が含まれている事実に対しても,何ら異議を唱えていません。

なお,1920年5月に,当時の中華民国駐長崎領事から福建省の漁民が尖閣諸島に遭難した件について発出された感謝状においては,「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」との記載が見られます。

また,1953年1月8日人民日報記事「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」においては,琉球諸島は尖閣諸島を含む7組の島嶼からなる旨の記載があるほか,

1960年に中国で発行された中国世界地図集では,尖閣諸島が沖縄に属するものとして扱われています。



【参考:中国政府及び台湾当局の主張の開始の背景】

1968年秋,日本,台湾,韓国の専門家が中心となって国連アジア極東経済委員会(ECAFE:UN Economic Commission for Asia and Pacific)の協力を得て行った学術調査の結果,東シナ海に石油埋蔵の可能性ありとの指摘がなされ,尖閣諸島に対し注目が集まった。


【参考:中華民国駐長崎領事の感謝状】(仮訳)
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中華民国8年冬,福建省恵安県の漁民である郭合順ら31人が,強風のため遭難し,日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島に漂着した。 日本帝国八重山郡石垣村の玉代勢孫伴氏の熱心な救援活動により,彼らを祖国へ生還させた。救援において仁をもって進んで行ったことに深く敬服し,ここに本状をもって謝意を表す。
中華民国駐長崎領事 馮冕
中華民国9年5月20日


【参考:1953年1月8日人民日報記事「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」】(抜粋・仮訳)
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「琉球諸島は,我が国(注:中国。以下同様。)の台湾東北部及び日本の九州南西部の間の海上に散在しており,尖閣諸島,先島諸島,大東諸島,沖縄諸島,大島諸島,トカラ諸島,大隈諸島の7組の島嶼からなる。それぞれが大小多くの島嶼からなり,合計50以上の名のある島嶼と400あまりの無名の小島からなり,全陸地面積は4,670平方キロである。諸島の中で最大の島は,沖縄諸島における沖縄島(すなわち大琉球島)で,面積は1211平方キロで,その次に大きいのは,大島諸島における奄美大島で,730平方キロである。琉球諸島は,1000キロにわたって連なっており,その内側は我が国の東シナ海(中国語:東海)で,外側は太平洋の公海である。」
※画像はひろいもの




韓国が「竹島編入は日帝による朝鮮半島植民地化の第一歩」と歴史問題化して、感情で議論を封じ込めた手口を真似るんですね。

中国に何か言われるたびに記者会見で「歴史的にも国際法上もわが国固有の領土」「領土問題は存在しない」とのみ繰り返すのではなく、「1920年にも、第二次大戦後の1953年にも尖閣諸島は沖縄に属すると中国は認識していた・・・」と公の場で、中国の国民にも伝わるように、何度も言わないとね。





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栗原 弘行
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SAPIO (サピオ) 2012年 10/10号 [雑誌]
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