日本が韓流ならば、韓国は最初から内鮮一体?
(スポーツソウル 韓国語 2011/02/28)
3・1節92周年だ。1919年、独立のために日帝に抵抗した記念日碑的な日だが、この頃の小学生たちの相当数が3・1記念日の意味を知らない。ある学生は3・1記念日が「安重根義士が負傷者を治療した日」と答えたという報道が出てくるほど日々、歴史意識が希薄になっている。
国力が育ちながら抗日から克日に概念が昇華されてから久しい。しかし、私たちの生活には倭色がいっぱいだ。日本国内の韓流は文字どおり‘流れるの『流』’の流行だが、国内の倭色文化は最初から生活自体であるほど根強いうえ、徐々に強化されていて衝撃だ。歌謡、ドラマ、ヤキニク(焼肉・プルコギ)程度が日本国内の韓流なら、韓国は最初からそれよりもっと生活化されていて『日根(生活の中に根をおろした倭色文化)』と呼んでも良いほどだ。3・1記念日を迎え、日本文化に占領された韓国の現住所を探ってみた。
◇ゆりかごから墓まで。 倭色に垢染みた生活
韓国の親たちは頑固なことで噂だ。そのためだろうか。子供が生まれて初めて着るベネチョゴリ(産着)、おむつから日本の製品を手に入れ着せる。日本おむつブランドの内需向けグーンやメリーズなどは、国内産より40~50%高い価格にも躊躇しないのみならず、今回の冬には品切現象までもたらせた。ベビーグース、ミキハウスなど輸入幼児服もインターネットショッピングモールで人気を集めている。これに成長しながら接するベビーカー、おもちゃなども日本製の人気が高い。中産層以上の家庭で生まれた韓国の子供は、日本の子供と生活環境が大きく変わらないほどだ。
日本産おもちゃやキャラクター製品を好んで使う幼児期を経て、青少年期に日本製学用品、ジャパニメーション(日本のアニメ)、漫画、カラオケ等を通して日本文化を理解する。

◇韓流? 日根に比較すれば鳥の足の血(雀の涙)
自動車、服、化粧品など生活の中で容易に出会う工業製品はもちろんとして、カラオケ、食べ物(刺し身、寿司など)、さけ(日本酒)、成人ゲームセンター、成人ビデオなどの遊興商品に至るまで日本の商品の中で暮らしていることは言うまでもない。日系中古書籍専門店では日本語で出版された数多くの本を難なく手に入れることができる。
路上看板だけをみてもそうだ。明洞をはじめ、弘大入口、江南駅など都心の中の繁華街は、ここが韓国なのか東京の路地の風景なのか見分けがつかないほど、ひらがな・カタカナで上貼りされた看板が占領している。

他店と差別化するために、徐々により倭色を強化していて眉をひそめさせる。若い層が楽しむ酒場は『ソジュバン(焼厨房)』より『イザカヤ(居酒屋)』という名称に固まっているが、これらの店に入れば従業員たちがいっせいに「イラッシャイマセ!」と叫ぶ声を聞くことができる。若い層の表現でもやはり日本語がそのまま通用する。『良い感じ』という意味で使われている『感じ』などが代表的だ。

国内居住の日本人たちは、こうしたソウルの風景に親しみを越えて不思議に思う。マツダトモコ氏(28・写真作家)は「日本では韓人タウンの東京,新大久保や大阪,鶴橋にでも行ってこそハングルの看板を見ることがきるが、ソウルは都心全体がリトルトウキョウ(外国の日本人タウン)のようで驚いた」として「(看板の中には))間違った表記も多いが、最近入ったところなどは現地の雰囲気そのままだ」と話した。
日帝強占期を直・間接的に体験した老年層も、このような倭色の津波を避けることはできない。老年層は血圧管理のために輸入食品店で納豆と黒酢を取りそろえて食べるかと思えば、80年代の日本で始まったパークゴルフで体力管理をする。
人生の最後の道である葬助業も日本で生まれ、全世界で初めて韓国に流入した制度だ。
それこそ“ゆりかごから墓まで”倭色で染まっている。
日帝強占期に日本がそう叫んでいた『内鮮一体(韓国と日本が一体)』が行われている屈辱感がするほどだ。(機械翻訳 若干修正)
勝手に屈辱感を味わうのは良いですが、それを晴らすために「○○の起源は・・・」と言い出すことは止めてくださいね。
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