民団神奈川 歴史歪曲教科書で決起集会
(統一日報 2011/06/08)
横浜市採択地区 18から1地区に
「つくる会」系教科書に懸念
民団神奈川本部(李富鉄団長)は4日、横浜市の韓国会館で歴史歪曲教科書(「自由社」版と「育鵬社」版の歴史・公民教科書)不採択運動に向けた決起集会を開いた。民団役員や婦人会、韓商、青商、青年会、日本人の一般参加者など約150人が参加した。
横浜教科書採択連絡会の佐藤満喜子さんと民団中央本部の鄭夢周事務総長が講演を行った。
現在、日本全国の教育委員会では、2012年度から使用する中学校用教科書を採択している。
民団神奈川が今回決起集会を行ったのには、2001年の教科書採択時から自国中心主義的な軍国主義主観に立脚し、過去のアジア侵略戦争を美化する内容という「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書採択に反対してきたからだ。
しかし、横浜市では2009年の歴史教科書採択で、18採択地区のうち8採択地区で「つくる会」系の自由社版歴史教科書が採択された。2010年4月から全国の公立中学校で唯一、横浜市8採択地区の約1万4000人の中学生が同教科書を使用しているという。
さらに同市では今年から18採択地区が1採択地区となり、もしも歴史歪曲教科書が採択されれば、市全体でその教科書が使用されることになる。
人口規模から横浜市の影響力は大きい。同教科書の日本全国での採択率は2001年で0・3%程度だったが、横浜市8地区の採択で1%程度に上がり、今回、同市全体で採択されると、2%程度になる。また神奈川県全体へ波及し、さらに全国化しないだろうかと心配されている。
決起集会の主催者あいさつで鄭千寿副団長は「私たち在日韓国人は、その多くの子弟を日本の公教育に委ねている。歪曲された教科書は日本の子どもたちには不要な偏見と差別意識、同胞子弟には言われの無い劣等感を与えかねない」と危惧を示した。
講演を行った佐藤さんは「国際都市・横浜にふさわしくない教科書だ。国際社会に子どもたちが出て行くときに、こんな歴史認識ではアジアの人たちと噛み合わない」と心配していた。
一方、鄭事務総長は「私たちは、この歴史教科書によって劣等感を持つようになった。その誇りの持てない韓国について、誇りを回復するのに時間がかかった。いま、憎しみ合うような教科書を作ってどうするのですかというのが私たちの問いかけだ」と訴えた。
今後、民団神奈川では、6月中旬から末まで各自治体の議会常任委員会や教育委員会に陳情・要望活動を行う。また6月8日から7月6日まで行われる教科書展示会で教科書を参照し、アンケートに答えることを呼びかけていた。
<中学校歴史>教科書採択"夏の陣"…民団神奈川で決起大会
(民団新聞 2011/06/08)
「つくる会」系阻止へ
今夏に予定されている来年度から全国の公立学校で使用の中学校教科書採択を前に民団神奈川本部(李富鉄団長)は4日、横浜市の神奈川韓国会館で決起集会を開き、日本の植民地支配や侵略戦争を正当化・美化していると批判されている「つくる会」系歴史教科書が公教育の場に登場することを阻止していくことを確認した。横浜市ではすでに2010年度から全国の公立中学で唯一「つくる会」系の自由社版歴史教科書を採用している。
横浜市は2009年の採択時、自由社版を採択すると同時に、18に分割されていた市内採択地区を1地区に変更した。もし、市教育委員会が8月に「つくる会」系教科書を採用すると決めれば、来年度からは市内すべての公立中学校に行きわたり、約10万人の生徒が使用することになる。全国シェアは一気に2%に跳ね上がる計算だ。
「こんなおかしなことがどうして起きたのか」。もともと2009年の採択時、採択審議会の自由社版への評価は相対的に低かった。にもかかわらず8地区で自由社版が採択されたのは、無記名投票によるところが大きい。決起集会で講演した横浜教科書連絡会事務局の佐藤満喜子さんは「従来は挙手採決だった。非公開ならば記録が残るのに無記名投票だと永久に闇に葬られる。教科書採択の密室化が進んでいるのは許せない」と憤る。
決起集会では今後の運動として教科書展示会に自ら足を運び、備え付けのアンケート用紙を通じて「つくる会」系教科書への批判の声をあげていくことを決めた。
民団神奈川本部でも6月30日まで県内各自治体教育委員会に対して「つくる会」系歴史教科書の不採択を働きかけていく方針だ。
参加者を代表して民団横浜支部の徐相栄議長、同川崎支部の尹済栄副団長、青年会神奈川本部の金亨会長が、それぞれ「つくる会」系歴史教科書の阻止に向けて闘うと決意表明した。
■ □
次世代のために運動
鄭夢周事務総長が講演
民団中央本部の鄭夢周事務総長は、決起集会で「つくる会」系中学歴史教科書のなにが問題なのかと題して次のように講演した。
◇
私たちは韓国侵略と植民地支配の結果、渡日せざるを得なかった在日1世とその子孫であり、当時の誤った歴史教育により精神的な屈辱を受けつつ生きてきた生き証人だ。私たちはその払拭のために、世代を超えて今日まであらゆる努力を傾けてきた。
私たちの次の世代がこの問題の教科書で学ぶことは共生の理念に反し、私たちの存在そのものを自己否定することになりかねない。多感な中学生時代に誤った歴史認識を刷り込まれたとき、私たちはもちろん、祖父母、父母の世代が味わったと同じような苦しみを担うことになる。
私たちは日本社会がさらによくなってほしい、アジアの国の中でどこよりも模範的な国になってほしいから、あえて「つくる会」系教科書に異議を申し上げた。私たちの子どもたちが「日本で生まれてよかった」といえるようにしたいので、断固として運動を進めていく。
今年の中学歴史教科書採択で各地の教育委員会がどのような教科書を採択するのか。その結果次第で日本社会の未来を占うことになる。すでに「つくる会」系教科書を採択した自治体に対しては撤回を求めていく。厳しい闘いになるだろうが、最後まで頑張ろう。
私たちの子どもたちが「日本で生まれてよかった」といえるようにしたいニダ
私たちの子どもたちが「日本で生まれてよかった」といえるようにしたいニダ
私たちの子どもたちが「日本で生まれてよかった」といえるようにしたいニダ
>私たちは韓国侵略と植民地支配の結果、渡日せざるを得なかった在日1世とその子孫
さすがに「強制連行」は使用しなくなったんですかね。
| 「密航4ルートの動態 日韓結ぶ海の裏街道 潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割」 (産業経済新聞 1950/06/28) 朝鮮南北戦争の拡大によって憂慮されることは、南鮮避難民の日本への殺到だ。 終戦以来、“悩みのタネ”となっているこの密入国は、今次の戦乱で明日にでも、どっと押寄せてくる危険がある。目下、政府は緊急対策をねっているが、今ここに“日本密航への途”を衝き、その実態を明らかにしてみよう。(略) これら4ルートを通じて終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる。 <敗戦国の悲しさ> これが取締りは目下、海上保安庁と国家警察本部が当っているが、密輸団は火砲装備を持っているに反し、我が監視船は何ら装備なく、捕捉率はきわめて悪く、密輸船の2割程度しか捕捉出来ない現状にある。また、入国した際の外国人登録証明は暴力と買収につきるといわれ、それがそのまま合法化する場合が多いようだ。(略) |
| 第022回国会 法務委員会 第23号 昭和三十年六月十八日(1955/06/18) 神近委員 (略)今六十万の朝鮮の方々がいる。そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。 それから私どもが視察して参りました基地の周辺におけるあってほしくないいろいろの事柄にも全部あの人たちが出ていて、ちょっと私どもが近寄るのが危険なくらいに感ぜられる。 一体そういう状態にほうっておいていいか。私ども日本人としても因るし、あの方々も、自分の民族の間に帰ればあれだけ思い切った犯罪はないと私は信じております。 というのは自分たちの婦人と自分たちの子供には非常に親切で、そして絶対に手をつけない。異民族である日本人にこれが襲いかかっているという傾向が明らかなのです。ですから私は非常に素朴な考え方かもしれませんが、帰りたい人を早く帰して、そうしてどうしても日本に来なければ父親とか両親とかに会えない。そして夫に会えない、扶養者に会えないという人たちには緩和していただきたいというのが私の根本的な考えでございます。(略) 小泉政府委員 (略)日本に住まいたい者を住まわせて、韓国に帰りたい者は返す、こういうふうに参りますと事は最も簡単で、いろいろの難問題が漸次解決をするのでありますが、問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。 一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。 そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。 これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。(略) |
| 大半、自由意志で居住 (朝日新聞 1959/07/13) 外務省、在日朝鮮人で発表 戦時徴用は245人 在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。 これによれば在日朝鮮人の総数は約61万人だが、そのうち戦時中に徴用労働者として日本に来た者は245人にすぎないとされている。 一、戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。増加した100万人のうち70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの30万人は大部分工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令によるものはごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和19年9月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年3月の下関-釜山間の運航が止るまでのわずか7ヶ月間であった。 一、終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配船、個別引き上げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で350 人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち75%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。 現在、登録されている在日朝鮮人は総計61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労働者としてきた者は245人に過ぎず、現在日本に居住している者は、犯罪者を除き、自由意志によって残留した者である。 |
>世代を超えて今日まであらゆる努力を傾けてきた。
在日3,4世が“祖国に帰る”ためにあらゆる努力を傾けてきたら、現在、学校に通う世代の在日4,5世は“正しい”歴史教育を受けて、「韓国に生まれてよかった」といえるようになっていたのにね。
すでに 《日韓併合期間、35年 < 韓国建国後、62年》ですよ...
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